同じ会社に3年居続けなきゃ、なんてない。
フリーランスでライターとして活躍するいしかわゆきさんは、これまで3社でさまざまな経験を経て独立。現在は取材やコラムを中心に執筆する他、声優やグラフィックレコーダーとしても活躍している。「同じ会社には3年間居続けるべきだ」という説が根強く残る中、いしかわさんは3年を待たずに2回転職している。
自分の信じる道を歩き続けてきたいしかわさんだが、挑戦することへの不安はあったのだろうか。
日本では「3年間は会社を辞めないほうがよい」との声をよく耳にする。会社を辞めたくても、「せめて3年は働くべき」「今転職しても意味がないんじゃない?」とネガティブな意見を聞くと、一歩踏み出せないというビジネスパーソンは多いだろう。
フリーライターとして活躍するいしかわさんはこれまで2回の転職で3社を経験し、その後独立したが、どの会社にも3年以上所属したことはない。いしかわさんは「3年という数字に意味はないと感じる」と語る。
自分を信じて決断してきたきっかけや、転職へ抱えていた不安についてお話を伺った。
働くことへのネガティブイメージは
思い込みだった
いしかわさんは早稲田大学文化構想学部を卒業後、新卒で雑貨メーカーへ入社。営業職として1年6カ月間のキャリアを積んだ。
「私は就職活動直前まで何をやりたいのか、どんな会社に入りたいのかを全く考えていませんでした。夢や目標、こだわりもありません。そもそも、働くことに対するネガティブなイメージが強かったこともあり、就活にも前向きではなかったんです。
周りの友人がどんどん内定をもらっている中、ただただ焦るばかりで……。とにかくホワイトな企業ならどこでもいいや、という基準で会社を選択しました」
働くことに対して、「会社の言いなりにならないといけない」「身をすり減らしてまで働かないといけない」などネガティブなイメージを感じている人は少なくない。誰もが夢を持ってポジティブに就活へ挑めるわけではないだろう。しかし、実際に働く中でいしかわさんは心の内に変化を感じたという。
「実際に働いてみると、意外と働くことを嫌だと思っていないことに気が付きました。与えられた業務をこなして、うまく進めば上司に褒められたり、クライアントに喜んでもらえたり。少なくとも私にとっては、とても快適な1年6カ月でした」
「とにかくホワイト企業だったらどこでもいいや」と選択した会社で、働くことの楽しさを知ったいしかわさん。そんな快適な職場から離れようと思ったのはなぜなのだろうか。
「働くことにポジティブなイメージを持ち始めたことで、『じゃあもっと面白そうなことや新しい仕事にチャレンジできるかもしれない!』と感じたことがきっかけです。
営業職にチャレンジしてみて、コミュニケーションがそれほど得意ではないことにも気が付きました。でも、学生の頃から絵を描いたり、ブログを書いたり、ものづくりをしたりすることが好きだったこともあり、クリエイティブ系のお仕事に挑戦したいという目標が生まれて、転職を考え始めました」
勇気がなくても、チャレンジできる
会社で働くうちに夢や目標が見つかる人も多いだろう。社会人になってから大学や専門学校への進学を決める人もいる。しかし、勇気を出して一歩踏み出すことは簡単ではない。
「クリエイティブな仕事に挑戦してみたい」と、新卒で入った会社からの転職を考え始めたいしかわさん。転職することへの不安はなかったのだろうか。
「他の人から見れば、私は『目標に向かって勇気を出して転職をした人』というイメージかもしれません。でも、実はそれほど勇気を出したわけではないんです。
もともと私は安定志向なので、会社で働きながら転職活動を進めていました。万が一、転職ができなくても今の会社に居続けることができるという安心感があったので、転職への不安はそれほどなかったです」
勇気がなくてもチャレンジできるよう、会社員と並行して前向きに転職活動を進めていたいしかわさん。その後、IT企業の広告事業部へ転職し、クリエイティブディレクターとしてネット広告のクリエイティブディレクションを担当することになった。
1社目に経験した営業職とは全く異なる仕事内容に初めは戸惑いや不安を抱えていたものの、忙しい業務の中でだんだん慣れていったという。
「周りは美術系大学出身の方が多い中、私にとっては完全に未経験の業務領域でした。自分に務まるだろうかと不安を抱えつつも、手探りでスキルを身につけていきました。
1社目とは異なり、遅くまで残業をすることもありましたが、文化祭前日の夜のような感覚で(笑)。周りのメンバーの頑張りを見ていると勇気をもらえましたし、経験してみたかったクリエイティブ職に従事できている楽しさもあり、職場環境に順応している自分がいました」
念願のクリエイティブ職として満足感のある日々を過ごしていたいしかわさんだが、ある時転機が訪れる。
「クリエイティブディレクターとして働く中で、私の思い描いていたクリエイティブ職とのギャップを感じる機会が多々ありました。Web広告のバナーはどれだけ時間をかけて作ったものでも、効果が出ないとすぐに取り下げられてしまいます。Web広告では仕方のないことですが、自分とデザイナーさんが一生懸命考えて、夜なべして作ったものがどこにも残らないことへのジレンマを感じていました。
当時クリエイティブディレクターとして勤務していたIT企業は、グループ内転職を推進していたこともあり、会社の中に求人サイトが用意されていました。その中でWebメディアのライター職を募集している会社を見つけ、強く興味を持ち、応募することに。
もともと、趣味でブログを書いていたこともあり、晴れて転職が決まりました。Webメディアでは企画や取材・ライティング・編集を担当しました」
現状を変えたいのなら、自分から半径5メートルを変えてみる
いしかわさんは現在フリーランスのライターとして活躍している。安定志向を貫いてきたいしかわさんが、不安定なフリーランスへ飛び込んだきっかけは何だったのだろうか。
「独立のきっかけは二つあります。一つはフリーランスの方と関わる機会が増え、フリーランスという選択肢ができたこと。もう一つは、フリーランスとして働くほうが好きな仕事を選択できると思ったことです。
当時、新しいことを始めてみようと『朝活コミュニティー』に参加していたのですが、そこにはフリーランスとして活躍されている方がたくさんいました。そういった方々の話を聞いているうちに、自分の中に“フリーランスになる”という新しい選択肢が生まれました。
次に、転職してからしばらくは自分で企画から執筆までをすることがほとんどだったのですが、メディアの方針変更に伴い、多くの記事制作が必要とされる中で、編集側に回ることが増えてきました。
外部のライターに記事の発注をしながら、「会社の中にいるよりも、外注先に回ったほうが好きな記事が書けるのでは」ということに気付いたこともきっかけの一つとなりましたね。結果、Webメディアを8ヶ月で退職し、フリーランスとして独立しました」
独立前のいしかわさん
現状を変えたいと思いながらも、周囲に反対されたり、勇気が出なかったりして、変えられないこともある。しかし、「そんな時は関わる『人・場所・時間』を変えてみることが大切」だといしかわさんは言います。
「フリーランスとして独立する時は、『1人でやっていけるのだろうか』『経済的に本当に大丈夫だろうか』とすごく悩みました。私と同じように転職や独立をしたいと思っていても不安を抱えたり、周りに『やめておいたほうがいい』と言われてチャレンジできなかったりする人も多いと思います。
そんな時は、自分が関わる『人・場所・時間』を変えてみてください。具体的には、人間関係や属するコミュニティー、時間の使い方を変えること。私は、周りの人の意見を変えることは難しいと思っています。だからこそ、自分の挑戦や目標にポジティブな意見をくれる人と出会ったり、そういう人たちに出会えるような場所に行ったりすることが重要なのではないでしょうか。
会社員5人に囲まれている生活とフリーランス5人に囲まれている生活は全く異なります。もし、挑戦したいことや目標がある人は、その分野を目指している人や活躍している人と関わりを持ってみてください。環境が変わればきっと自分の考え方も自然に変わっていくはずです」
「同じ会社に3年居たほうがいい」って誰が決めたの?
「会社を辞めたいけれど踏み出せない」「3年たつまで頑張るべきなのだろうか」と悩む人は少なくない。日本には、1つの企業で最低3年間は働くべきだという考え方が根強く残っている。いしかわさんは「時間の流れは人によって異なるので、3年という数字に意味はないのでは」と言います。
「なぜ、2年でもなく5年でもなく3年なのでしょうか。私は、人や働く環境によって時間の流れは異なると思います。
例えば、私が営業職を経験した1社目での1年間と、クリエイティブディレクターを経験した2社目の1年間では、吸収したスキルや経験した業務のスピード感は全く異なります。1年間の密度も全く違うんです。
やりたい仕事や挑戦したいことを『まだ3年働いていないから』と諦めるのではなく、自分のスキルや価値を客観的に判断し、挑戦するかどうかを決めることが大切なのではないでしょうか。
今いる会社でやりたいことができないと感じたら、異動や転職を検討してもいいと思います。でも、もしも理由なく転職を考えている場合は、今の自分のままで転職後活躍できるのか、自分を客観視してみてください」
同じ1年でも、会社の環境やフェーズ、経験する内容や自分自身のモチベーションによって密度が異なる。自分のやりたいことや自分の価値を客観的に判断しながら、さまざまなキャリアを経験してきたいしかわさんに今後の目標を聞いた。
「これまでの選択のおかげで、私はフリーランスとして活動できています。そして、昨年末に自分の本を出版することができました。
本を出版してから、愛着のある作品を世に広めることにやりがいを感じています。自分の愛するものに関わる仕事をすることの楽しさを知り、自分のサービスや商品を作ってみようかなという目標ができました。自分の愛するものをたくさんの人に届けていきたいと思います」
さまざまなキャリアを経て、新たな目標を見いだしたいしかわさん。自分の好きなこと、やりたいことに一直線な姿に「我慢する必要なんてない」と気付かされた。
そんな時は、関わる人たちを変えてみる。そして、自分のスキルや価値を客観視してみてください。「自分にとって必要な転職かどうか」「この会社で吸収できることはもうないのか」と自問自答し、自分のやりたいことを実現できる方向へ前向きに進んでいく。そうすればきっと自分が満足できる働き方を見つけられると、私は思います。
取材・執筆:ともだ
撮影:宮永 優馬
早稲田大学文化構想学部文芸ジャーナリズム論系卒。小売業営業、株式会社サイバーエージェントの広告事業本部、Webメディア「新R25」編集部を経て2019年にライターとして独立。取材やコラムを中心に執筆する他、声優やグラフィックレコーダーとしても活動している。
13歳でアメリカに移住したことをきっかけに文章を書き始め、4年間で1600記事を更新。就職後、未経験ながらライターを志し、2021年8月、noteをきっかけに、『書く習慣~自分と人生が変わるいちばん大切な文章力~』(クロスメディア・パブリッシング)を出版。イベントにも積極的に登壇し、「書く楽しさ」にまつわる講義を行っている。
Twitter @milkprincess17
note いしかわゆき(ゆぴ)
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