フリーランスの働き方はリスクだらけ、なんてない。
日経BP社の雑誌編集記者を経て、フリーランスのライター・キャリアカウンセラーとして活動。現在はフリーランス女性と企業の仕事のマッチングサービスを提供する、株式会社Waris(ワリス)共同代表の田中美和さん。起業のきっかけは、働く女性向けの月刊誌を作る中で感じた、女性のキャリアにまつわる課題意識だったという。
世界経済フォーラム(WEF)が2021年に発表した「Global Gender Gap Report 2021」によると、日本のジェンダーギャップ指数は156カ国中120位。先進国の中でも最低レベルだ。「女性活躍推進」がうたわれて久しいが、“女性が生き生きと働く社会”には程遠いように感じてしまうのも無理はないだろう。実際、結婚・妊娠や出産などのライフイベントを機に、キャリアを不本意に中断せざるを得ない女性は依然として少なくない。
家庭と仕事の両立に、悩みやモヤモヤを抱える女性たちの課題を解消しようと、田中さんは共同経営者の2人とWarisを立ち上げた。大手出版社を退職し、フリーランスを選んだ自身の経験から、「フリーランスという働き方が女性のキャリア問題を解消する選択肢の一つ」だと提唱している。
編集記者、フリーランス、そして経営者を経験し、女性のキャリア支援に尽力してきた田中さんが考える、“私らしい働き方”とは。
※出典:Global Gender Gap Report 2021
多様な属性を持つ人が、生き生きと力を発揮して活躍できる社会をつくりたい
一度きりの人生、やりたいことにチャレンジしたかった
田中さんは大学卒業後、大手出版社の日経BP社へ入社した。入社後すぐに日経ウーマンの編集部に配属された。
「学生の頃から読んでいた憧れの雑誌に携わることができる。まるで夢のようでした」
日経ウーマンは、1988年に創刊された働く女性向けの月刊誌だ。扱う内容は、仕事術や手帳術といった実用的なトピックから、結婚や出産、不妊治療に至るまで幅広い。夢見た出版社で、編集記者として憧れの雑誌作りに携わった。来る日も来る日も働く女性たちへの取材に奔走していたと振り返る。
「日経ウーマンでは、成功しているロールモデルだけではなく、読者への取材にも力を入れていました。今の仕事や生活で何が課題だと感じているのか、今後のキャリアをどう考えているのか。膝を突き合わせて、彼女たちの悩みやモヤモヤに耳を傾ける毎日でした。
そんな中で気付いたのは、働く女性がみんな焦りや葛藤を抱えながら仕事をしているということ。例えば、結婚して子どもを産んだら責任のある仕事を任せてもらえない。時短勤務だと“キャリアダウン”になってしまうんじゃないか……。
仕事か家庭か、どちらかを選択したら、どちらかを諦めざるを得ない。両立なんて無理。実際にそんな声も聞く中で、葛藤を抱えながら働かなければならない社会はおかしいと感じるようになりました」
こうした女性のキャリアにまつわる課題に対し、もっと具体的にアプローチしたいという思いからキャリアカウンセラーの資格を取得。それでも、自身の中でのモヤモヤは拭えないままだったという。
そんな時、ある出来事をきっかけに大きく価値観が変わることになる。2011年3月11日、東北地方を中心に太平洋沿岸を襲った東日本大震災だ。
「当時私は都内にいたので、大きく罹災(りさい)したわけではありません。それでも、生まれて初めて『死』を強く意識した瞬間でした。
これまで当たり前に続くと信じていた日常が、ある日突然奪われることがある。明日が来るかどうかなんて、本当は分からないんだ……そう気付いた時、たった一度きりの人生、本当にやりたいことは今チャレンジしないと、と思ったんです。
もちろん、記者としての仕事も充実していたし、やりがいを感じていました。でも、あくまでメディアは『情報を伝える』のが役割で、できることに限りがある。他にも女性のキャリアにまつわる課題にアプローチする方法はあるんじゃないかと考えました。
次の10年、20年は社会課題解決そのものをやっていきたい。一度、自分に何ができるか考えてみたかったんです。それで、11年間勤めた日経BP社を退職し、しばらくフリーランスとしていろいろやってみることにしました」
働き方はいつだって変えていける
独立後は編集やライター、キャリアカウンセラーなど、これまでの経験を存分に生かして活動。大手出版社を辞めて選んだフリーランスの働き方は、田中さん自身にとても合っていたそうだ。
「時間と場所を選ばず柔軟に働けるし、スキルや専門性も生かせる。結婚や妊娠、出産などのライフステージの変化でキャリアが中断されたり、両立できずに何かを諦めなくてはいけなかったりする女性にとって、フリーランスは課題を解消する選択肢になり得るんじゃないかと思いました。
この働き方をもっと女性たちに広げたい。そんな話をいろいろな人にしていた時、『同じようなことを言っている人がいるよ』と紹介してもらって。それがWaris共同経営者の2人です」
偶然同じ課題感を持つ2人と出会い、ビジネスの構想を練るうちに行き着いたのが、「フリーランス女性向けのビジネスマッチング事業」だ。2013年、思いを同じくする3人でWarisを立ち上げる。
「次第に、サービスや私たちの思いに共感してくださった方からの登録が増えていきました。特に企業側からの反響は大きかったです。中小・ベンチャー企業の方からは、『正社員を雇うほどではないけれど、専門性の高いプロフェッショナルな人材が欲しい』といったニーズは実はすごくあって。私たちの事業の社会的意義が認められた気がしてうれしかったですね」
創業から9年がたった現在、感じる社会の変化として「フリーランスが働き方の選択肢の一つとして浸透してきた」ことを挙げた。
「私たちが起業したばかりの頃には、まだ『会社員の働き方が難しくてやむなくフリーランスになった』という方が多かったんです。でも最近はコロナ禍でリモートワークが浸透した影響もあり、少し風向きが変わったように感じています。
例えば、会社員は続けながら副業・パラレルキャリアでフリーランスを選ぶ人。また、子育てや介護など家庭の事情がなくても、“生き方の一つ”としてフリーランスに挑戦する人も増えています。
あとは、会社員・フリーランスといった働き方の境界線が緩やかになってきているようにも感じていて。私が独立した頃は『一度フリーランスを選んだら会社員には戻れない』というような風潮が強かったですが、今は会社員からフリーランスになったり、反対にフリーランスを数年やってまた組織に戻ったり……軽やかに行き来している方が増えています。
本来、年齢や環境、ライフステージの変化によってキャリアに関する価値観が変わるのは自然なこと。『その時の自分にフィットするキャリアの形』を自分でデザインしていけばいいし、いつだって変えていける。少しずつですが、私たちのメッセージが伝わっているのかなと感じていますね」
フリーランスは自己責任?人生100年時代、社会はどう変わるべきか
ポジティブな変化を感じる一方、フリーランスの働き方が“全ての人にとっての選択肢”となるにはまだ課題は山積みだと語る。
「毎月決まった額が給料として振り込まれるわけではなく、何らかの事情で働けなくなった場合の収入補償もない。会社員と比べるとどうしても経済的に不安定になってしまうのが実情です。複数の取引先を持つことで、個人がリスクヘッジするしかない。
さらに、妊娠や出産など女性が直面するライフイベントをサポートする仕組みもありません。休んだ期間は無収入になってしまうので、産後すぐに仕事復帰をするフリーランスの方が多いんです。
こうしたリスクは個人が工夫して乗り切るしかないのが現実ですが、『自分で選んでいるのだからフリーランスの働き方は、自己責任』という風潮も根強い。そうなると、フリーランスの働き方を選ぶハードルがどんどん高くなってしまいます」
今の社会の仕組みのままでは、フリーランスの働き方が“デメリット”となりかねない。それは収入面だけにとどまらない、と田中さんは指摘する。
「人生100年時代、『リスキリング(re-skilling ※1)』や『リカレント教育(※2)』など、自身のスキルをアップデートする重要性が叫ばれています。そんな中でも、フリーランスだと学びの機会は自ら探し、自己投資していかなければいけません。こうした格差を埋めるため、社会も変わっていく必要があると思っています」
フリーランスに限らず、多様な働き方を実現させるためには、「セカンドチャンス」のある社会になるべきだともいう。
「女性だけに限らず、何らかの事情でキャリアにブランクが生じる可能性は誰にでもありますよね。
ところが、新卒一括採用の文化がいまだ根強い今の社会では、離職期間があるだけで敬遠されてしまう。フリーランスなど多様なキャリアを持つ人が排除されやすい構造になっているんです。
本来多様な人材を受け入れていくことは、組織にとってもメリットは大きいはず」
(※1)働き方の変化によって今後新たに発生する業務で役立つスキルや知識の習得を目的に、勉強してもらう取り組み
(※2)社会人になった後も、必要なタイミングで教育機関や社会人向け講座に戻り、学び直すこと
多様な働き方や自分の強みを知り、「こうあるべき」を手放して
一人ひとりが生き生きと活躍できる社会を実現するため、私たち個人にできることは何なのだろうか。
「『アンラーニング(unlearning)』ともいうのですが、『会社員はこうあるべき』『キャリアはこうあるべき』といったこれまでの価値観や固定観念を手放すことはすごく大切。案外、自分で自分を縛ってしまっているケースは少なくありません。
そのためにも、まずは多様なロールモデルを知ることをおすすめします。身のまわりだけではなく、メディアやSNSなどでよいので、いろんな生き方、働き方に触れてみてください。『こんなやり方もあるんだ!』と気付きにつながって、一歩踏み出すきっかけになることもあるんじゃないでしょうか。
あとは、『サードプレイス(第3の場所)』のように本業以外の居場所をつくるのもよいですね。これを私たちは『越境体験』と呼んでいます。副業でもボランティアでも、日常から少し離れた場所で体験を積み重ねることで、価値観がアップデートされたり、それまで気付かなかった自分の強みを再発見したり。新しい可能性が広がるのかなと思っています」
人生100年時代、「働く」と「生きる」は切っても切り離せない関係にある。だからこそ、キャリア選択の価値観がアップデートされれば、より多様な生き方をも受け入れる社会になるのではないだろうか。フリーランスや会社員、副業や起業といった働き方の選択肢を、自在に行き来する。誰もが自分らしい生き方を自らの手で選び取れる日も、そう遠くないかもしれない。
取材・執筆:安心院彩
撮影:阿部健太郎
1978年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、2001年に日経ホーム出版社(現・日経BP)に入社。編集記者として雑誌「日経ウーマン」を担当。取材・調査を通じて接してきた働く女性の声はのべ3万人以上。女性が生き生き働き続けるためのサポートを行うべく2012年退職。フリーランスのライター・キャリアカウンセラーとしての活動を経て、2013年多様な生き方・働き方を実現する人材エージェントの株式会社Warisを創業し共同代表に。フリーランス女性と企業とのマッチングや離職した女性の再就職支援に取り組む。最近では女性役員紹介事業を通じて意思決定層の多様性推進にも尽力。フリーランス/複業/女性のキャリア/ダイバーシティ等をテーマに講演・執筆も。一般社団法人プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会理事。国家資格(キャリアコンサルタント)取得者。2018年に出産し1児の母。
Twitter @Miwa_Tanaka57
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