教育格差はなくせない、なんてない。
「YouTuberを始めたばかりの頃は、苦難の連続でした」。そう語るのは、教育系YouTuberの葉一さん。2021年現在、葉一さんのチャンネル登録者数は165万人以上、総再生回数5億回を超える(※2021年11月時点)。
現在は自他共に認める人気YouTuberとなった葉一さんだが、スタートから約1年半の間はほとんど収入がなく、貯金を切り崩しながら活動をしていたのだそうだ。また、再生回数もなかなか増えず、たまにくるコメントも批判的なものがほとんどだったのだとか。心が折れてしまいそうな状況の中、なぜ葉一さんは前に進み続けられたのだろうか。そこには、自身の学生時代の経験や、子どもたちに向ける熱い思いがあった。
さまざまな動画を無料で楽しむことができるYouTube。最近では、デザインや英語、受験など、学習のために利用する光景もよく見かける。しかし、少し前まで学習を“無料”で受けることは一般的ではなかった。YouTubeの知名度もまだ高くなかった2012年、塾講師だった葉一さんは小学生から高校生までを対象に、講義動画の配信をスタートさせた。安定した塾講師の仕事を辞め、何の保証もないYouTuberの道へとかじを切ることに至った経緯と原動力に迫る。
子どもたちの選択肢を増やしたい
葉一さんは大学を卒業後、営業職を経て塾講師となった。そこでは、さまざまな事情を抱えた親子がいたという。
「月謝の関係で塾を選ぶことができないご家庭が想像より多いことを痛感しました。ご両親も本当は通わせてあげたいけれど……と悩んでいらして。預金通帳を持ってきて相談される親御さんもいらっしゃいましたね」
家計の状況が、子どもの選択肢の数に直結する。多くの同僚や上司が「塾だから仕方ない」と割り切る中、葉一さんはどうしても納得ができなかった。
「子どもたちの選択肢を増やしたい。でも塾講師のままではそれを実現するのは難しい」
そう考えた葉一さんは、安定した塾講師の仕事を辞め、子どもたちが“手軽”に“無料”で学べる環境づくりを模索し始めた。そして見つけたのが、2012年当時はまだ認知度が低かった「YouTube」だった。
「当時から、動画配信サービスはYouTube以外にもいくつかありました。でも、YouTubeの良いところは動画を見るだけならアカウント登録が必要ないところ。わざわざ親御さんの許可を取らなくてもいいんですよね。子ども目線で考えた時、親の許可が必要ってかなりハードルが高いと思うので。YouTubeの仕組みを知った時、『これを使えば子どもたちが自分の意思だけで、手軽に無料で学べる!』と思い、翌日には1つ目の動画をアップしていました」
活動する場所をYouTubeに決めた理由からも、葉一さんが徹底して「子どもたちの選択肢を増やす」ことを考えている姿がうかがえた。
一人でも僕の授業を必要としている人がいるなら、この活動の意味がある
今ではチャンネル登録者数は165万人を超え、子どものみならず大人からも支持をされている葉一さんだが、YouTubeを始めてから1年ほどは「僕は間違ったことをしているのかもしれない」と頭を抱えることも多かったそうだ。
「始めてから数カ月はほとんどコメントが付きませんでした。再生回数も10件未満とかザラで、ほぼ僕が確認のために見た回数だったと思います(笑)。その後、少しずつ再生回数やコメントが増えたものの、ほとんどが批判的なコメントで……。正直、『しんどいな』と思うことの方が多かったですね」
なかなか伸びない再生回数、そして次々と送られてくる批判コメント。それに負けずに葉一さんが前に進めた理由はどこにあるのだろうか。
「時々、子どもから『わかりやすかったです』ってコメントがくるんですよ。それがもう本当にうれしくて……。批判コメントを送ってくる人は、文面からの推測ですが大人ばかりだったんですよね。僕が授業を届けたいのは、あくまで“子ども”。子どもたちからまったく評価が得られなかったらやめようと思っていました。逆に言えば、一人でも僕の授業を必要としてくれる子どもがいるのなら、この活動を続ける意義があると信じていたんです」
その言葉どおり、動画配信を始めてから1年を過ぎた頃から、少しずつだが子どもたちからのうれしいコメントが増えてきた。配信を始めたばかりの頃は葉一さんのもとに届くコメントの9割が批判的なものだったが、今では9割以上が感謝を伝えるもの、応援するものになったという。
塾を辞めたくない、でも辞めなきゃいけない――。塾講師時代、目の前で、勉強を続けたくて悩んでいる子どもに手を差し伸べることができなかった。その悔しさが、「一人でもいいから必要としてくれる子どもに届けたい」という思いを強くしたのかもしれない。
大人になるのが楽しみ。そう思う子どもを増やしたい
そもそも、葉一さんはなぜ教育に強く関心を抱くようになったのか。それは、葉一さんの学生時代の苦い思い出にあるという。
「中学生の頃、同級生からいじめを受けていたんです。当時は学校に行くのが本当につらくて……。そんな心が弱っている時にある教師から、大勢の前で僕の体形のことをからかわれたんです。それが僕にとっては何よりもショックで。
子どもを守る立場であるはずの教師が、子どもと一緒になっていじめに加担する。たった一人の大人から受けた、たった一つの事象だったのですが、当時まだ子どもだった僕は、それが全てだと思ってしまったんですよね。『教師は敵だ、信じてはいけない』と。そこからしばらくは、常に斜に構えたひねくれた性格をしていました」
冷静に当時を振り返ると、いじめられていた頃に手を差し伸べてくれた教師もいたという。しかし、その一つの出来事が葉一さんを苦しめ、まわりを見えなくしていた。たった一言が、良い思い出も全て黒く塗りつぶすことがある。子どもにとっての“教師”という存在の大きさを知っているからこそ、教育現場への課題意識を人一倍抱くようになった。
「子どもの時って、親と教師以外の大人と接する機会はそんなにないんですよね。僕も子どもの頃そうだったのですが、その大人たちがとにかく楽しくなさそうで。
父も母もいつも仕事でつらそうにしていたし、僕をからかって笑っていた教師も他に楽しいことがなかったからそんなことをしていたのだと思うんです。まわりの大人を見て、子どもの頃の僕は『大人になるって楽しくなさそう』と未来を悲観するようになってしまって……。
今の子どもたちには『大人になるって楽しそうだな』と思ってほしい。そのためにも、大人になった僕が楽しそうに前に進んでいる姿を見せなきゃなと思うんです。子どもの頃の僕のような思いをする子どもが一人でも減るとうれしいですね」
子どもたちに対する葉一さんの思いは、画面上の生徒たちだけでなく、葉一さんのお子さんにも伝わっていた。今年8歳になる長男の将来の夢は、お父さんと同じ教育系YouTuberになることなのだそうだ。葉一さんは「大変だぞって言っても聞かないんですよね」と話しつつも、顔はほころんでいた。
自分の人生の主役は他の誰でもない、自分だけ
学生時代の憤りをパワーに変え、教育者を志し大学の教育学部に入学。それから塾講師になるも、そこで新たな教育現場の課題を見つけ、子どもたちの選択肢を増やすためにYouTuberの道を歩み始めた葉一さん。まわりの意見に流される人も多い中、なぜ葉一さんは自分の軸で意思決定をし続けられるのだろうか。
「実は、もともとはまわりの顔色をうかがうタイプだったんです。でも、いじめを経験してから100人いたら100人全員に好かれるなんて無理だと実感して……。どんなに素晴らしい慈善活動をしている人に対しても批判する人はいますからね。
それに気付いてからは、一度きりの人生なんだからまわりの機嫌じゃなくて自分の機嫌をとって生きたいなと思って。自分の人生なんだから、自分が主役でありたいじゃないですか」
また、人の顔色をうかがい、まわりの意見に流されることも多かったからこそ気付いたこともあったという。
「流された結果、良くなったことってあまりないんですよね。僕、“流される”と“参考にする”は明確に区別すべきだと思っていて。“流される”のは自分の意思ではない。でも、“参考にする”のは自分の意思なんです。まわりから何か言われたら、その意見に“流される”のではなく“参考”にして、受け取るかどうかを吟味する過程が大事なのかなと思います」
まわりの意見はあくまで“参考”に、自分軸で意思決定をしてたどり着いた教育系YouTuberの活動。開始してから約10年間、ずっと楽しいのだという。
「楽しいから、結果的にブレずに活動を続けられているのかもしれないです」
自分の意思で決めたことだから楽しい。楽しいことだから続けられる。意思決定をした後は、案外シンプルに物事が運ぶのかもしれない。
先生が楽しんでいる姿をもっと子どもたちに見てほしい
2020年に流行した新型コロナウイルス感染症の影響で学校が休校になる中、子どもたちだけでなく親や教師といったたくさんの大人たちが葉一さんの講義動画に救われた。これにより、葉一さんの認知度はYouTubeの外でも高まり、現在は毎月のようにPTAの講演会に登壇しているという。
この高まった知名度を生かして、葉一さんは現在ある計画を立てているそうだ。
「学校の先生に情報発信の場を提供したいんです。多くの先生が教育に対して熱い思いを持っています。でも、メディアでは教師のネガティブな面が取り上げられやすく、そのため世間の教師に対するイメージもどんどん下がっていってます……。親からは『教師は信用できない』、そして子どもからは『先生って大変そう』と思われがちなんですよね。
実際には素晴らしい先生がたくさんいるのに、そう誤解されるのって悲しいじゃないですか。だから、例えば僕が先生にインタビューをして教育に対する思いを聞いていくとか、すてきな先生を紹介する動画を配信できないかなと思っています。それを通じて、大人が先生に抱いている誤解を解くのはもちろん、子どもたちが『先生ってすてきだな、楽しそうだな』と思ってくれるとうれしいですよね。
先生が楽しそうにしている姿って、子どもたちにとってものすごく価値があると思うんです。“楽しい気持ち”って広がってしていくものですから」
「子どもたちの選択肢を広げたい」「自分の人生の主役は自分」「先生が楽しんでいる姿を子どもたちに見せたい」――。葉一さんが語るどのテーマからも、根幹には「大人になるって楽しそう」と子どもたちに思ってほしいという強い思いがうかがえた。葉一さんは、講義動画を通じて子どもたちに“将来への希望”を与えている。
取材・執筆:仲 奈々
撮影:内海 裕之
1985年、福岡県生まれ。東京学芸大学卒業後、教材販売会社へ営業職として新卒入社。その後、塾講師を経験するも、さまざまな家庭の事情で塾に通えない生徒がいることを知り、学校、塾に並ぶ第3の教育の柱を築くため教育系YouTuberとして活動を開始。2021年現在、チャンネル登録者数は165万人以上、総再生回数5億回を超える。プライベートでは2児の父。
YouTube
https://www.youtube.com/c/toaruotokohaichi
Twitter
@haichi_toaru
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