リモートワークする場所は自宅が一番、なんてない。
好きな場所で仕事をするリモートワークという働き方が浸透しつつあるものの、実際に働く場所の選択肢は意外と広がっていない。その多くは自宅や出張先であり、オンラインでのやりとりを除けば孤立した環境。事務的な作業はそれでも十分に事足りるが、小池さんは「リモートだからこそ自由な場所で新しい出会いを見つけて、仕事や生き方の幅を広げてほしい」と語る。
新型コロナウイルスの感染対策としてリモートワークの普及が加速したことにより、「職場に出勤する」という働き方や定住にまつわる既存の概念がゆらぎつつある。「コロナ禍が起こる前から、自由な働き方を実現する土壌はすでに整っていた」と語るのは、株式会社LIFULLでLivingAnywhere Commons(LAC)の事業責任者を務める小池克典さん。いつでもどこでも自由な暮らしを手にするためのプロジェクトに携わる小池さんが推奨する、自分らしく、かつ成長できる働き方を実現する手段とは?
ネット環境さえ整っていれば
生活や仕事の拠点は自由に選べる
「コロナ禍を機にリモートワークが広がったという印象がありますが、われわれが取り組んでいる「LivingAnywhere」というプロジェクトでは、それ以前から定住やオフィスにとらわれないライフスタイルのあり方を実践していました」と語るのは、株式会社LIFULLでLivingAnywhere Commons(リビングエニウェアコモンズ、以下LAC)の事業責任者を務める小池さん。
LACとは、地方型シェアサテライトオフィスと宿泊施設を持つ共同運営型コミュニティ。LivingAnywhereが目標として掲げる「場所の制約から人々を解放し、いつでも好きな時に好きな場所で暮らし、学び、働ける社会をつくる」という理念を体現できる場として2019年にオープンした。
現在の拠点は、静岡県下田市、福島県磐梯町をはじめとする計5カ所で、施設となる建物には元・企業の保養所など、キャパシティの広い遊休不動産が活用されている。豊かな自然に囲まれて快適に過ごせるだけでなく、リモートワークに欠かせないネット環境も完備。メンバー登録をすれば月額25,000円で全国の拠点が使い放題という手軽さで、多くのユーザーを獲得しているという。
日常では出会えない人との交流が新たな価値や共創を生む
生活環境を変えることでリフレッシュしたり、リモートでの働き方が自分に合うかを試してみたり、ひとりの時間を楽しんだりできる。施設の使い道は人によりさまざまだが、LACだからこそ得られる一番のメリットは、日常では出会えない人々との交流ができることにある。
「運営側の人間として一番重要だと考えているのは、フリーランスや学生、さまざまな企業の方、地域の方など、拠点を利用する多様な人たちが混ざり合うこと。肩書も世代も価値観も違う人たちがしがらみにとらわれずに関わり合う過程は、新しい生き方の可能性や仕事のアイデアといったイノベーションにつながりやすい。これまでにも出会った人同士で新しい事業を始めたり、地域の人の仕事を手伝うなどの共創が続々と生まれている。今後は拠点ごとに“建築”などのテーマを設けることで利用目的を明確にし、ビジネスに寄り添った活用法も提案していくつもりです」
“仕事の成果を上げる場所”としての切り口を模索するのは、「リモートワーク=自宅作業」という既成概念を変え、働く場所の選択肢を自由にしていきたいという思いもあるからだ。
「自宅や職場以外のリモートワークだと、どうしてもバケーション的な印象を持たれがちなんですよね。その先入観を変えるために僕らが新しく提案したいのはワーク+コラボレーションで「ワーケーション2.0」という考え。外での交流がビジネスにつながるという認識を広めることで、決まった場所での働き方にこだわる企業の方々にもリモ―トワークの可能性をアプローチしていければと考えています」
視点を外に広げるだけでも
予想外のアイデアに出会える
会社という枠にとらわれない出会いや発見が、新しいビジネスのチャンスにつながる。このことは小池さん自身が実際に体現したことでもある。その代表的なものが、名古屋工業大学大学院の北川啓介教授のアイデアを実用化した「インスタントハウス」というプロダクトだ。
インスタントハウスとは、「インスタント」と「ハウス」を合わせた造語で、その名の通り即席で造れる家のことを表す。小池さんがこのアイデアに出合ったのはYouTube。LivingAnywhereの描く自由な暮らしを実現する方法のひとつとして、短時意外な場所に転がっている間で家を造る方法はないか?と考えていた時に、偶然インスタントハウスのベースとなる動画を発見。そこからすぐに北川教授に面会を申し込んだという。
「話を聞かせてもらって共感したのは、難民や貧困、災害などで家を失った住宅困窮者の手助けをしたいという思い。開発に取り組んだ当初は、アウトドアシーンでの利用を主軸に置きつつも、有事の際には避難所や仮設住宅として使ってもらえる予備防災的なプロダクトを想定していました」
しかし、今年に入ってコロナ禍という新たな非常事態が発生。災害はいつ起こるか分からないのに、自治体では「避難所は密になってはいけない」という大きな課題ができてしまった。そのため、現在は「インスタントシェルター」という避難用商品の実用化に向けての研究開発を重ねている。
インスタントハウスの一例。施工方法は外形の三次元形状に加工した膜素材を膨らませ、その内側から空気含有量の高い軽量な素材を吹き付けて定着させる。形状や大きさを必要に応じて選択可能。素人でも数時間で完成させられるうえ、優れた断熱性や遮音性を持つなど、実用面での評価は高い。
人との関わりがもたらす豊かさがより必要とされる時代になっていく
ウィズコロナと呼ばれる今後の社会では、オンラインツールを活用した遠隔での働き方はどんどん浸透していくだろう。しかし、長年リモートワークを実践する小池さんは、「会議や事務的なやりとりはリモートでも事足りるが、新しい出会いやチャレンジといったクリエテイティブな領域はまだまだリアルなやりとりにはかなわない」と人との直接的な交流の必要性を訴える。
「オンライン上で想像しながら話すのと、直接会って同じ空間や体験を共有するとのでは得られる情報の精度が全然違うんですよね。それにオフィスや自宅にこもってばかりだと、どうしても自身が予期した範疇の中で事がすすみ、新しいテクノロジーや価値観の変化に触れにくい。直接人に会えないことで膨らむ不安やストレスなど、ウェルビーイングに及ぼす弊害も懸念事項のひとつ。新しい出会いがほしい、新しいことがしたい、仲間に会いたい。今後はそれらの願望をかなえることもLACの役割になっていくと思っています」
LACであれば環境や会う人が変わって違う価値観に触れられるうえ、物理的にも広いので密にもなりにくい。また、過去には参加者同士や地元の人たちと物づくりなどのイベントを通じて協力しあったり、同じ時間を共有することで家族のような関係を築いていった例もあるという。
「印象に残っているのは、LACを使ってくれたユーザーの「拡張家族」という言葉。コモンズ=共有地というみんなで創り上げる場所だからこそ、家族のような支え方をしあいながらフランクに過ごすことができる。人同士の距離が離れ、孤独を感じがちな今のご時世だからこそ、家族のような人の輪が広がっていく感覚を多くの人に実感してもらいたいです」
小さな成功体験の積み重ねが
変化への一歩を踏み出す勇気になる
これまで語っていただいた「生き方や働き方を変えよう」という話は言葉にするとシンプルだが、実際に行動を起こすにはなかなかの覚悟がいる。特に現在は未来がどうなるかの予測がつかない時期だ。不安な人はどうすればいいのだろうか?
株式会社LIFULL 地方創生推進部 LivingAnywhere Commons事業責任者・株式会社LIFULL ArchiTech 代表取締役社長・一般社団法人LivingAnywhere 副事務局長
1983年栃木県生まれ 株式会社LIFULLに入社し、LIFULL HOME’Sの広告営業部門で営業、マネジメント、新部署の立ち上げや新規事業開発を担当。現在は場所の制約に縛られないライフスタイルの実現と地域の関係人口を生み出すことを目的とした定額多拠点サービス「LivingAnywhere Commons」の推進を通じて地域活性、行政連携、テクノロジー開発、スタートアップ支援などを行う。
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