手料理が愛情の証、なんてない。
「仕事や育児に忙しく、毎日の料理の手間を減らしたい」
「本当は料理が苦手……」
そんな悩みに応えるのが、子育て中の共働き世帯と近所の飲食店をマッチングするテイクアウトサービス『ご近所シェフトモ』だ。サービス考案者でライオン株式会社に勤める廣岡茜さんも、ワンオペ育児経験から仕事と家庭の両立に悩み、“料理を手放した”一人だ。「料理は母親の仕事」「手料理が愛情の証」――。そんな既成概念に挑む廣岡さんが考える、“幸せな食卓”とは。

「冷凍餃子は手抜き」「母親ならポテトサラダくらい自分で作れ」――。
SNSでしばしば話題になるこれらの議論の背景には、「料理は母親の仕事」「手料理が愛情の証」などの旧態依然とした性別役割分業意識が見え隠れする。
実際、女性活躍推進の流れとともに共働き世帯が世のスタンダードとなった昨今も、家事負担の多くはいまだ女性に偏っているという調査(※)もある。時短家電や家事代行など仕事と家庭の両立支援サービスも数多く登場しているが、家事や育児の手間を軽減させることに罪悪感を抱く人も少なくない。
こうした既成概念に対し「愛情表現の形は、いろいろあっていい」と語るのは、毎日の夕食作りに悩む家庭と近所の飲食店をマッチングするテイクアウトサービス『ご近所シェフトモ』考案者の廣岡 茜さん。大手生活用品メーカーのライオン株式会社で長年マーケティングに従事した経験を活かし、現在は社内起業家(イントレプレナー)としてサービスの普及に奮闘中だ。そんな廣岡さんに、サービス立ち上げに至った原体験や思いを伺った。
※出典:令和2年版男女共同参画白書
「母の味」を教えられていなくても、「幸せな食卓」は作れる
罪悪感なく“ご近所のシェフの友達”に料理をお任せ
廣岡さんが考案した『ご近所シェフトモ』は、毎日の夕食作りに悩む家庭と“ご近所”の飲食店をマッチングするテイクアウトサービスだ。2019年のサービス開始から約3年、忙しいワーキングマザー、共働き世帯を中心に利用者の輪が広まっている。現在はユーザー数約1万人、提携する飲食店は都内を中心に200店舗にも及ぶそうだ。
1週間分のメニューがまとめて注文できる手軽さ、手間がかかる魚料理や野菜を多く取り入れたバランスの良い献立に、「罪悪感なく、安心して“ご近所のプロ”に気軽にお任せできる」と評判だ。さらに「テイクアウトサービス」ならではのメリットが、思わぬ効果を生んでいるという。
「“ご近所”のつながりや、対面でのコミュニケーションが生まれたと喜んでいただくことも多くて。最近はデリバリーサービスが主流になった背景もあり、飲食店の方にも『お客さまの喜ぶ顔が見れてうれしい』と好評です。
『このサービスがなければ産休・育休から復帰できなかったかもしれない』と言ってくださるお客さまもいて、手応えを感じていますね」
サービス名の『シェフトモ』には“ご近所のシェフの友達”という意味が込められているそうだ。生活者に徹底的に寄り添ったサービス誕生の背景には、廣岡さん自身が“料理を手放した”経験があった。
ワンオペ育児と仕事の両立で気づいた「私、料理が苦手かも」
大学卒業後、大手生活用品メーカーのライオン株式会社に入社した廣岡さん。営業職に従事した後、社内コンペに応募したアイデアが見事通過し、念願のマーケティグ部門に異動。やりがいに満ちた仕事に邁進し、順調なキャリアを築いていた。
しかし、結婚を機に「仕事と家庭の両立」という壁に直面する。特に廣岡さんを追い詰めたのは、料理だった。
「結婚当初は、なんとなく『料理は女性がやるもの』と思っていて。夫は仕事がとても忙しく出張も多かったので、家のことは私がやらないと、という思いもありました。それで、毎朝お弁当や夕食作りを頑張っていたんです。
でも、計画的に献立を考えて買い出しをする。そして栄養バランスの取れた食事を作るといった一連の料理の工程をこなすのが、私にとってはハードルが高いものでした。『私は料理が好きじゃないかもしれない』そう思い始めました」
さらに、夫の実家からは毎月、家庭菜園で採れた野菜がたくさん送られてきたという。
「もちろん家計は助かるし、とてもありがたかったですよ。でも……送られてくるものには山菜やタケノコなど、少し調理の難易度が高い食材もあって。ただでさえ料理が苦手な私は、さらにキッチンから遠ざかっていきました。
冷蔵庫を開けては、余った食材を前にため息をつく日々。料理をしなければ……。そう頭では分かっているのに、器用にできない。そんな自分に、罪悪感でいっぱいになっていました」
結婚して3年ほどたった頃、待望の第一子を授かった。仕事が大好きだった廣岡さんは、産後わずか半年で職場復帰。変わらず多忙で家を空けがちな夫の代わりに、ワンオペ育児と仕事を両立させなければいけなかった。
「とにかく、自分のために使える時間が全くありませんでした。仕事は楽しいし、愛する我が子はかわいくて仕方ない。でも常に何かに追われ、毎日を生きるので精一杯だった。自分を大切にする時間が確保できず、徐々に自分を見失っていきました」
自分の心を守るため、“料理を手放した”
このままでは、自分の心が壊れてしまう。そんな危機感を覚え、廣岡さんが決断したのは苦手な“料理を手放す”ことだった。
「子どもが9カ月を迎えた頃、『私、料理やめるわ』って夫に宣言しました。義理の実家からの野菜の仕送りも止めてもらって。今考えたら私、すごいことを言いましたよね。でも、その瞬間に苦手な料理から解放されて、自由になったんです」
廣岡さんは、笑いながら当時をそう振り返る。それからは、外食やスーパーの惣菜、時に家事代行などの外部サービスも活用しながら、家族3人の食事を賄う日々が始まった。
「小さな子どもがいると、外食できる場所も限られてくるんです。私は食べることが好きだったから、同じような食生活にだんだん飽きてしまって。外部サービスも、ミールキットは調理や洗い物の工程すらおっくうに感じてしまうし、家事代行の方を自宅に入れるのも気が引ける……。なかなか自分の価値観に合うものに出合えず、途方に暮れていました」
そんな廣岡さんの前に、“救世主”が現れる。子どもを預けていた保育園前に佇む、小さな一軒のレストランだ。
「店主の方に、『毎日食べられる家庭料理風のおかずを提供してもらえませんか』と思い切って相談してみたんです。むちゃなお願いにもかかわらず、快諾してくださいました」
その日から、週に一度レストランに出向き、1週間分の惣菜を何品かタッパーに詰めてもらうようになった。保育園のママ友たちに話をすると、次第に口コミで評判が広がったという。
「忙しくて料理をする時間がない。苦手でできればやりたくないけれど、子どもたちの健康を考えると手料理でなければ……。皆、同じような考えに縛られて悩んでいました。
でもこの仕組みなら、プロが作るおいしくて栄養バランスの取れた食事を家族に食べてもらえるし、まとめて作った方が飲食店のコスト削減にもつながります。きっと世の働くママたちが求めているサービスになる。そう確信したんです」
2019年、社内の新規事業コンテストに応募した。「食」という新しい領域かつ前例のないマッチングサービスへの挑戦でありながらも、生活者の日々の暮らしに寄り添う商品開発を行ってきた会社のビジョンとマッチし、事業化が決定。サービスの仕組みを考えるにあたり、自身のワンオペ経験や料理への課題感が大いに生かされたと語る。
「なんといっても、ターゲットは“私”ですから。『料理をやらなくては』と義務感に苛まれたり、冷凍食品やスーパーのお惣菜を使うことに罪悪感を抱いたり。過去の私のような人が、日本にはきっとたくさんいるはず。そんな人を一人でも多く救いたい。その一心で、多くの社員の後押しも受けながら『ご近所シェフトモ』をリリースしました」
「料理」を作らなくても、「幸せな食卓」は作れる
現在は、社内起業家(イントレプレナー)として、『ご近所シェフトモ』をより深く根付かせたいと意気込む。
「マッチングサービスなので、飲食店さんとユーザーさん双方のニーズがないと成り立たない。そういった意味でも、必要としてくれる方々に向けて、食以外のサービスも幅広く展開していけたらと考えています。
私が目指すのは、家事や育児に追われる人が、もっと自分を大切にできる社会。限られた1日の時間の中で、やりたくない家事があればどんどん助けてあげたいんです。本当に大切にしたい人やものを大切にするためのサポートができたらうれしいですね」
廣岡さんが“料理を手放した”代わりに、得られたものは?最後にそう尋ねると、「子どもの前で笑顔でいられる時間」とほほ笑んだ。
「子どものため、家族のため――。そんな考えにとらわれるあまり、大切な子どもとの時間が持てていない……そんな方は多いのではないでしょうか。実際、料理中に子どもに話しかけられても、なかなか手を止めて話を聞いてあげられない、という声を多く耳にします。でも子どもたちが見たいのは、家事や育児に追われ、いつもイライラしているママの顔でしょうか。最も大切なのは、目の前の家族と笑顔でご機嫌に過ごせることだと思うんです」
さらに「私は『母の味』を子どもに教えられていないかもしれない」と続ける。
「でもその代わり、ご近所でお気に入りの飲食店が増えた。子どもや夫、そして自分自身を大切にする時間を取り戻すことができた。囲むものが手料理じゃないけれど、それが我が家なりの愛情の表し方であり、『幸せな食卓』の形です」
料理に限らず、私たちを縛る“呪い”は多く存在する。しかし、その“呪い”にとらわれている間に、もっと大切な何かを見落としてはいないだろうか。何かを手放す代わりに、得られるものはあるはずだ。「こうあるべき」にとらわれているのは、自分自身かもしれない。
取材・執筆:安心院彩
撮影:大崎えりや

大学卒業後、2006年にライオン株式会社に入社。配属は北海道で、大手スーパーやドラッグストア担当の営業として働く。3年目の時に社内コンペで衣料用洗剤の商品提案をして優勝。憧れだったマーケティングの部署に異動し衣料用洗剤の商品企画担当となる。15年秋に産休~育休に入り、翌年の4月に復帰。19年の社内起業コンペで食のサービスを提案、事業化テーマとして採択され、20年からは社内起業家として新規事業開発に携わる。
Twitter @hirooka_akane29
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