カリスマ性がなければリーダーになれない、なんてない。
日本ラグビーフットボール協会の初代コーチングディレクターとして活躍した中竹竜二さん。2019年ラグビーW杯日本大会を見据え、日本ラグビー界の底上げを目指して新設されたポストに2010年に就任。「コーチのコーチ」という役割で全国を飛び回り、高校年代の指導者を筆頭に幅広い層のコーチの育成に尽力した。実は早稲田大学ラグビー蹴球部の監督就任時は指導経験が全くなかった。「日本一オーラのない監督」として揶揄(やゆ)された中竹さんは、どうやってチームを強くしたのか。そして、監督時代の経験から学んだ「指導者に必要なもの」とは何なのか。スポーツはもちろん、職場や教育現場にも通用する「リーダー像」について中竹さんに話を聞いた。
コーチングとは、一方的な指導とは一線を画す。相手の話に耳を傾けて観察し、質問を投げかけながら、時に提案を行うことで相手の内面にある答えを引き出す目標達成の手法だ。スポーツ界においては、これまでトップダウンの指導が多かったが、早い段階からコーチングによるチームづくりを実践し、取り入れたのが中竹さんである。
中竹さんは子どもの頃からスポーツも勉強も得意ではなかったという。早稲田大学ラグビー蹴球部の選手時代も、3年間はトップチームの試合に出ることができなかった。それでも4年生でキャプテンに選ばれると、大学選手権ではチームを準優勝に導く。徹底的に議論の場を大事にし、ファシリテーション力を発揮するなど自身のキャプテン像を確立した。
それぞれが自分の役割に責任感を持つことができれば、本当の意味でチームが強くなれる
「レギュラーが偉い」という考えでは良いチームにならない
ラグビーを始めたのは、小学1年生の時だった。たまたま家のそばにラグビースクールがあって、先に通っていた兄の後を追ったのがきっかけだった。
「そのスクールがサッカーだったら、サッカー少年だったと思うし、野球だったら野球少年になっていたと思いますよ。特に親がラグビーをしていたわけではなく、近所の子どもたちと自然な流れで通い始めた感じですね。
基本的に人前に出て何かをするとか、ガンガン発言することもなく、おとなしい子どもでした。ラグビーに関しても、個人の能力が高い選手のようにボールを持って活躍することはあまりできませんでした。ただ、『ラグビーはボールを持たない人間でも活躍できるスポーツ』なので、私にとってはこの競技が“オアシス”というか、居場所だったんですね。好きかと言われると当時は好きではありませんでした(笑)。でも、周りのサポートをすることに関しては当時から自然とできていたかなと思います」
高校卒業後は、1年間の仮面浪人を経て早稲田大学に入学。“名門ワセダ”のラグビー部では3年間トップチームでの出場歴がなかったにもかかわらず、4年生の時にキャプテンに指名された。
「選手数は本当に多くて、AチームからBチーム、Cチーム……HチームとかIチームくらいまでありましたね。私はHチームからスタートして、Bチームまで頑張って上がっていきました。
4年生になる時に、1つ上の代がキャプテン指名をするのが伝統なのですが、最初は私じゃない選手の名前が挙がったんです。でも私の同期たちは『違う、そうじゃない』と指名を拒否し、練習をボイコットしたんですよ。というのも、指名されたのが、いわゆる1年生の時から試合に出ているレベルの高い選手だったんです。でも、私たちの代は歴代の先輩たちを見てきて、『レギュラークラスが偉い』という体育会系の雰囲気では良いチームにならないことがわかっていたんですね。だから、『お互いに本気で意見を言い合えるチームづくりをしたい』という考えでまとまったんです。そこで白羽の矢が立ったのが私でした」
キャプテンとして徹底したのは、「ファシリテーター」としての役割。その取り組みは功を奏し、チームは大学選手権で準優勝を果たした。
「私がキャプテンになることの懸念点は、『試合に出られるのか?』という点でした。トップチームの試合で活躍できるプレーヤーではなかったので、そこは周りも心配していたとは思います。ただ、キャプテンとして全員が主体的にチームに関わるように取り組むことを意識しました。集合をかけて、私の意見ではなくみんなの意見で議論し合って、結論を出す。そういうファシリテーターとしての役割は、3年生までにも実践していたことでした。怖い監督もコーチもいたけど、目上の人たちに対してどこまで本気で意見を伝えられるかが勝負だと思っていたので、それまでのトップダウンの文化を変えようとチャレンジしましたね。
一人一人のコミットメントも変わりましたよ。4年生になってもう試合に出るチャンスがないとなると、モチベーションはなかなか上がりませんよね。スタンドでブレザーを着て応援しているだけだと、気持ちが落ちてしまうこともあります。ただ、自分たちの代は本当に最後までお互いを励まし合いました。利他的に頑張ることは難しいですが、『ピッチ外の選手も同じ気持ちを共有できた時にチームは強くなるんだな』と実感した瞬間でもありました」
人のせいにする“他責”ではなく“自責”のチームへの変化
大学卒業後は大学院に進学し、その後は一般企業に就職。母校の早稲田大学の監督としてオファーが来たのは、32歳の時だった。
「前任がかの有名な清宮克幸さん(※)でしたが、その清宮さんから電話がかかってきました。最初は『うそでしょ?』とビックリしましたよ。だって、清宮さんの手腕で後輩たちはどんどん強くなっていったわけですから。でも、話を頂けて光栄だったのと、なぜ私が指名されたのかという理由を聞けたので、使命感を抱けました。もしチームがうまくいかない時が来ても、周囲からのバッシングが来ても、私なら耐えられるなと。そして私が監督をやっている期間に、次の指導者が育ってくれればパスができると思ったんです。
最初はまあ選手からいろんなことを言われましたよ。『なんで辞めないんですか?』とか、『練習がつまらない』とか……まあでもその通りなんですよ。指導経験ゼロでしたし。『ごめんね』としか言えないんですよ。『清宮さんと比べたら本当にクオリティ低いよね。ごめんね。だから自分たちで考えて。今までやってきた練習を思い出してやってみて』と答えていました」
監督の目的は、選手を成長させること。そしてチームを勝たせること。大学時代に培ったファシリテーション力を発揮し、徹底的に対話をした。
「愚痴やストレスは大いに聞きますよ。でも、解決策を伴わなかったら『それでどうするの?』と必ず聞き返しますね。『監督のせいで負けたのはその通りだけど、みんなそのまま負けという事実と歴史を背負って生きていくんだよ。それでいいの?』と。そうしたらやがて、選手たちが自ら気づき始めるんですよ。『ヤバい。文句言っている場合じゃない』という具合にね。
メディアにもよくたたかれました。指導力がないとか、『日本一オーラのない監督』だとか散々書かれましたね。でも選手たちには面白いことに、『僕たちが文句を言うのはいいけど、メディアにそんなこと言われるのは嫌だよね』という謎の結束ができてきました(笑)。『中竹さん、僕たちが勝ってあげますよ』と肩をポンポンたたかれつつ、言われましたね(笑)。自ら考える力がついたことで、ありがたいことにチームは2007年度、2008年度で大学選手権で2連覇を成し遂げました」
2010年には、日本ラグビーフットボール協会のコーチングディレクターに就任。2019年のラグビーW杯日本大会を見据え、日本ラグビー界の底上げをしようと新しく配置されたポストだった。
「日本の指導者を指導するというミッションを掲げられたので、自分が着目したのは圧倒的に指導者の数が多い高校ラグビーでした。高校の指導現場が変わると大学や社会人の現場も変わるし、2019年を見据えるとなると高校年代から変えていこうと考えたんですね。あとは代表カテゴリーのコーチも指導しましたし、日本のラグビー界を引っ張る立場にいる指導者に対して徹底した意識改革を行いました。
やはり全国を飛び回って感じたのは、「教える(=tell)」にすごく労力を割いていたという事実です。コーチングには本来さまざまな手法があって、tellだけじゃなく、引き出すためのquestionとか、観察とか、耳を傾けることも重要になってくるんですよ。部活動をしている選手たちは、どうしても与えられたメニューをこなしてしまいがちですよね。そこで、一回一回の練習に対する目標を決めて、その都度振り返るマネジメントメソッドを導入しました。指導者の皆さんを集めたキャンプを開催して、徹底的に浸透させましたね。
この10年で、高校ラグビーの現場は劇的に変わったと思います。全国大会の試合を見ていても、プレーの質が変わったように感じますね。どんな意図を持ってそのプレーを選択したのか、自身のプレーを語れる選手が増えたのは、ラグビー界にとって大きな財産だと信じています」
※現日本ラグビーフットボール協会副会長。2001年に早稲田大学ラグビー蹴球部の監督に就任し、指揮を執った6年間でチームを3度の日本一に導いた名将。
リーダーの数だけ、それぞれのリーダー像がある
コーチングはスポーツの場面に限ったことではない。職場や学校、家庭。相手の主体性を引き出すことは、あらゆる場面で重要だ。
「指示出し一辺倒というのは、相手が発言したり動くスペースを奪っているのと同じです。『最近のやつは主体性がないな』という指導者の場合、『それはリーダーであるあなたが奪っている』というケースが非常に多いんですよね。チームにおいて大切なのは、『一人一人が責任じゃなくて責任感を持つこと』です。責任はいわゆる肩書に付随するもの。責任感は、自分の役割に対して『何とかしよう』と思えることです。責任があっても責任感のないリーダーはたくさんいますよね。
私がコーチングをする時には、『全員がリーダーになってね』と伝えています。キャプテンでも、ベンチでも、スタンドでも、マネジャーでも、みんなそれぞれが自分の役割に責任感を持つこと。それができた時に、本当の意味でチームが強くなれるのではないでしょうか。
さらに、リーダーはメンバーを引っ張る『リーダーシップ』はもちろん、メンバーを支える『フォロワーシップ』も大切です。どちらかではなく両方必要で、これも全員が持つことで組織が機能していくと伝え続けています」
かつて「日本一オーラのない監督」と揶揄(やゆ)された中竹さん。自ら積み上げた指導経験から導いた答えは、“リーダーの数だけそれぞれのリーダー像がある”ということだ。
「カリスマ性について言うなら、それはあったほうがいいに決まっていますよ。だってそれは大いなる武器なんですから。だからと言って、カリスマ性がなければリーダーになれないということはないんです。カリスマ性を持っている人は、場面に応じてそれを出したり隠したりして、チーム作りをしていけばいいと思います。
今後のスポーツ界に期待するのは、選手も指導者も『その人らしさ』を出すことですね。誰かの道をなぞるのももちろん大事なんですけど、一人一人の持ち味を生かして、活躍の場を広げることを願っています」
スポーツで試合に出られなかったり、職場でうまく発言できなかったりすると、つい人は劣等感を覚えてしまう。しかし、どのポジションだから優れている、そのポジションだから劣っているというわけではなく、適材適所で自分が活躍できるポジションがある。自分の役割に責任感を持つことで自信が持てるようになり、そのパワーが集まることでチームは強くなっていく。そういった空気をつくってくれるリーダーこそが、今後も求められる人材なのだと感じた。
取材・執筆:久下真以子
撮影:内海裕之
1973年福岡県生まれ。株式会社チームボックス代表取締役、一般社団法人日本車いすラグビー連盟副理事長、スポーツコーチングJapan代表理事。早稲田大学卒業、レスター大学大学院修了。株式会社三菱総合研究所を経て、早稲田大学ラグビー蹴球部監督就任。自律支援型の指導法で大学選手権2連覇を果たす。2010年、公益財団法人日本ラグビーフットボール協会初代コーチングディレクターに就任。2012年より3期にわたりU20日本代表ヘッドコーチを経て、2016年には日本代表ヘッドコーチ代行も兼務。2018年、コーチの学びの場を創出し促進するための団体、スポーツコーチングJapanを設立、代表理事を務める。著書に『ウィニングカルチャー 勝ちぐせのある人と組織のつくり方』(ダイヤモンド社)など多数。
みんなが読んでいる記事
-
2024/09/30女性だと働き方が制限される、なんてない。―彩り豊かな人生を送るため、従来の働き方を再定義。COLORFULLYが実現したい社会とは―筒井まこと
自分らしい生き方や働き方の実現にコミットする注目のプラットフォーム「COLORFULLY」が与える社会的価値とは。多様なライフスタイルに合わせた新しい働き方が模索される中、COLORFULLYが実現したい“自分らしい人生の見つけ方”について、筒井まことさんにお話を伺った。
-
2023/09/12ルッキズムとは?【前編】SNS世代が「やめたい」と悩む外見至上主義と容姿を巡る問題
視覚は知覚全体の83%といわれていることからもわかる通り、私たちの日常生活は視覚情報に大きな影響を受けており、時にルッキズムと呼ばれる、人を外見だけで判断する状況を生み出します。この記事では、ルッキズムについて解説します。
-
2023/02/27アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)とは?【前編】日常にある事例、具体的な対処法について解説!
私たちは何かを見たり、聞いたり、感じたりした時に実際にどうかは別として、「無意識に“こうだ”と思い込むこと」があります。これを「アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)」と呼びます。アンコンシャスバイアスによるネガティブな影響に対処するための第一歩は、「意識し、理解する」ことです。
-
2021/06/17エシカル消費はわくわくしない、なんてない。三上 結香
東京・代官山で、エシカル、サステイナブル、ヴィーガンをコンセプトにしたセレクトショップ「style table DAIKANYAMA」を運営する三上結香さん。大学時代に「世界学生環境サミットin京都」の実行委員を務め、その後アルゼンチンに1年間留学。環境問題に興味を持ったことや、社会貢献したいという思いを抱いた経験をもとに、「エシカル消費」を世の中に提案し続けている。今なお根強く残る使い捨て消費の社会において、どう地球規模課題と向き合っていくのか。エシカルを身近なものにしようと活動を続ける三上さんに、思いを伺った。
-
2024/04/04なぜ、私たちは親を否定できないのか。|公認心理師・信田さよ子が語る、世代間連鎖を防ぐ方法
HCC原宿カウンセリングセンターの所長である信田さよ子さんは、DVや虐待の加害者・被害者に向けたグループカウンセリングに長年取り組んできました。なぜ、私たちは家族や親を否定することが難しいのか。また、世代間連鎖が起きる背景や防ぐ方法についても教えていただきました。
「しなきゃ、なんてない。」をコンセプトに、読んだらちょっと元気になる多様な人の自分らしく生きるヒントやとらわれがちな既成概念にひもづく社会課題ワードなどを発信しています。
その他のカテゴリ
-
LIFULLが社会課題解決のためにどのような仕組みを創り、取り組んでいるのか。LIFULL社員が語る「しなきゃ、なんてない。」
-
個人から世の中まで私たちを縛る既成概念について専門家監修の解説記事、調査結果、コラムやエッセイを掲載。