世界中の“暮らし”を経験するのは難しい、なんてない。
暮らしながら旅をする「定住旅行」という新スタイルで、世界のさまざまな地域を巡るERIKOさん。これまで定住旅行した国は、ラテンアメリカ全般(25カ国)、ネパール、フィンランド、ロシア、サハ共和国、ジョージア、イタリア、イランなど、国内では北海道の利尻島、三重県鳥羽市答志島など。日本と現地の架け橋となるような活動も、積極的に行っている。

周囲の生き方=普通と捉え、それに反れた道で生きづらさを感じる人もいる。でもきっと本当は、自分の普通=限りなく理想に近いものなのではないか。その理想を求めて動いた先に、見たかった景色が見えてくる。観光旅行では触れることのできない領域へ。世界のあらゆる暮らしを見てきたことで得られた、真の「豊かさ」とは?
「学校に行きたくない」とイギリス留学。
何度も夢破れ、学校にもなじめなかった
鳥取県米子市生まれ。旅好きの両親に連れられ、弟2人とともに休みのたびにどこかへ出掛けていた。
「とてもアクティブで、好奇心旺盛な子どもだったと思います。生き物が好きで、いつも弟や近所の男の子たちと一緒に虫取りや魚取りに出掛けていました。親は放任主義だったので、自分の好きなことを伸び伸びとやっていたと思います。一度も『〇〇をしなさい』と言われたことがありません。なんでも自分で決断する性格は、そこからきているような気もします」
小学校5年生のとき「ドッグショーのハンドラーになりたい!」という夢を抱き、住んでいた米子市から1時間半かけてブリーダーの手伝いをしに行くようになる。そこで、ハンドリングを習得することに夢中になった。しかし、その夢は断念することとなる。
「当時ハンドリングしていた犬が死んでしまい、ショックで落ち込んでいました。するとプロの方に『犬が死んで泣いていては、仕事にならない』、そう言われたんです」
中学校3年生になると、今度は「手に職をつけたい!」という思いから、自衛隊のパイロットに憧れた。しかし、パイロットになるための数学が、どうしても習得できない。またもや夢を断念した瞬間。渋々、高校入学という道を進むこととなる。
「これから費やすことになる3年間が、自分にとって情熱を傾けられるものなのか」。そんな自問自答を繰り返し、案の定、不登校児になった。放任主義な両親にさえ「高校くらいは卒業しないと」と必死に説得され毎日学校まで送ってもらい、なんとか行っていたレベル。学校へ行っても、友人とつるむことなく帰宅しアルバイトへ。これまで体操、ピアノ、そろばん、水泳などたくさんの習い事をしていたが、この頃にはダンスと英会話のみになっていた。
高校2年生のとき、ようやく転機が訪れる。一つは、モデルのスカウト。そしてもう一つは、イギリス留学だ。夏の暑さから逃れたい、学校に行きたくない、という理由から、イギリス・ロンドンの夏期語学学校に通うこととなる。さらに翌年には、アメリカ・ニューヨークに短期語学留学。この頃すでに「大学へは行かない」と決めていた。
「旅へ出る前は、社会のレールに沿って、皆と同じ生き方をすることが当たり前だと思っていました。それを覆すことも、なかなか難しいと。周囲の生き方に自分の生き方を当てはめようとして、合わずに苦しんでいたと思います」
無事高校を卒業すると、春からは上京しモデルの道へ。この道でがんばってみようと決めていた。しかし、そう甘くはない世界。なかなか仕事のチャンスに恵まれず、アルバイトメインの生活を余儀なくされた。ストレスとは無縁だと思っていた矢先、ストレス性胃腸炎と判明。その後も何度も病を発症し、そのたびに入退院を繰り返した。
逃げるようにイタリア・フィレンツェへ。
海外で触れた本当の「豊かさ」
偶然立ち寄った本屋で、イタリア特集の雑誌が目に飛び込んできた。思い出される、ロンドンで出会ったイタリア人のこと、イタリア語の記憶……。
「逃げ場所を探していたと言えば、そうかもしれない。しかしそれ以上に、行かなければならないような気持ちが湧き上がってきました」
2004年9月、イタリア・フィレンツェへ飛び立った。その後もお金を貯めては、イタリア、アルゼンチン、ロシア、インドなどへ語学留学を繰り返し、現在は6カ国語を習得。
「2009年、南米アルゼンチンにスペイン語の留学で住んでいたときのこと。バス代が足りず、貧しい女性にバス代をカンパしてもらったのですが、彼女は見返りも求めず笑顔で私を助けることを純粋に喜んでいたんです。そのときに、自分がこれまで追い求めていた豊かさは、本質的に間違っていると気がつきました。それから、自分が見るものや会う人に対する価値基準が大きく変わったと思います」
人生を大きく変えてくれた、ラテンの国のことをもっと知りたい。そして、それを伝えたい。そんな思いから、一人で企画、スポンサーを集め、1年4カ月をかけてラテンアメリカ25カ国をホームステイしながら縦断することを決めた。途中、まさかの交通事故に遭ったこともあるが、なんとか旅を続行し無事達成。そのときの定住旅行の記録は、著書『暮らす旅びと ひとりで渡った中南米縦断10万5千キロ』(かまくら春秋社)に綴られている。心が温かくなるようなエピソード満載だ。
「滞在させていただいた全ての家族に、深い思い出やエピソードがあります。特に印象に残っているのは、キューバ人の生活や、パナマのクナ族、フィンランドのサーミ族、サハ共和国でのマイナス60度の暮らし。私たちが極地と呼ぶところや不便と思う場所で暮らす人たちの生き方は、生きる知恵が暮らしの中にちりばめられていて、新しい視点を獲得できるような感覚を覚えます。例えば、パナマのクナ族が暮らすムラトゥップ島という場所に滞在していて、村から去るとき『星を見てあなたのことを思い出す』と言われました。島にはインターネットがないので、人とのつながり方の感性が我々とは違うわけです。でも、星は見上げればそこに必ずある。人とつながることは、心のどこかにその人との思い出が住める場所を作ることではないかと思いました」
キューバでの暮らし
パナマのクナ族
フィンランドのサーミ族
サハ共和国でのマイナス60度の暮らし
世界の暮らしから見えた日本の良さや人生で大切なこと
旅を続けてきた中で、感じたことはたくさんある。世界を見ることで見えてきた日本の良さ、そして少し悲しいこと。
「日本の好きなところは、日本人がもともと持っている自然と人間との距離の近さ、ポイエーシス(自然物の中に隠されている目的を外に取り出して、役に立つ用具に仕立てるという作業)的な労働の仕方が存在していること。それと海外ではあまり遭遇しない、分割主義(ディビジョニズム)が反映された食文化です。
一方で残念だと思う点は、便利すぎることで創造力が失われていること、他人とのコミュニケーションが希薄になっていること、日本や自分の出身地の歴史や文化に強い興味を抱く人が少ないということ。
“共食”の大切さも感じました。日本は孤食化が進んで、一人で食事をとる人が多いですよね。私が滞在した国は、共食が基本で、家族や知り合いなどと一緒に食事をします。食事は食べることだけでなく、情報交換や人生相談、慰め合いや励ましなど、精神を癒やす効果がある大切なものではないでしょうか」
これまで渡航した国は40カ国、ホームステイした家族は67家庭。これから先も、定住旅行を続け、世界の多様な暮らしを伝え続けていく。

鳥取県米子市出身。学生時代から世界各地で語学留学を重ね、6ヶ国語を習得。「定住旅行家」として、世界の様々な地域で現地の人びとの家庭に入り、生活を共にし、その暮らしや生き方を伝えている。 また訪れた国では、民間外交を積極的に行い、現地と日本の架け橋になる活動も行う。 これまで定住旅行した国は、50カ国、103の現地の家庭で暮らしを体験している。とっとりふるさと大使、米子市観光大使。
著書「暮らす旅びと」(かまくら春秋社)
新書「たのしくてう〜んとためになる せかいのトイレ」(日本能率協会マネージメントセンター)
公式HP: http://chikyunokurashi.com
公式Instagram: https://www.instagram.com/erikok1116/
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