夫婦は同じ家に住まなきゃ、なんてない。【夫編】
「別居婚」と聞くと、ネガティブなイメージがあって「夫婦仲が悪いから」「離婚する予定だから」という理由を想像する人が多いかもしれない。
しかし、パートナーと仲が良いにもかかわらず、あえて別居を選択する“なかよし別居”をしている夫婦がいる。世界遺産にも登録されている石見銀山に本社を構えるライフスタイルブランド「石見銀山 群言堂」(以下、群言堂)を営む松場大吉さん・松場登美さんご夫婦だ。
結婚に対する価値観は、時代の変化とともに多様化してきた。そんな中、別居婚を通じて自分らしさと夫婦としての幸せを両立させる2人。別居婚を選択したきっかけは何だったのか、別居婚で2人の関係はどう変化していったのか。ここでは、夫の大吉さんから見た「家族のあり方」を伺っていく。
連載 夫婦は同じ家に住まなきゃ、なんてない。
2022年5月、株式会社LIFULLでは多種多様な家族のあり方をひもとく映像作品『うちのはなし~「家族は必要?」から考える、自分らしく生きること~』を制作した。4つの家族のストーリーから、現代における「家族」を問いただす内容となっている。
その動画に出演された大吉さん・登美さんは、周りも認める仲良し夫婦。しかし、彼らは約20年間同じ町内で「別居」を続けている。「別居は2人の成長を加速させた」と話す大吉さんに、なぜ夫婦が別々に暮らすという生き方を選択したのか伺った。
いつまでも刺激し合える関係をつくり出す。
私たちの“別居”は、そういうものでありたい
妻の夢をかなえるために始まった“別居”
大吉さんと登美さん夫婦は“別居婚”をしている。
「毎日仕事が終わったら、それぞれの自宅に帰ります。朝食や夕飯は別々に食べますし、家事なんかも相手に頼らず自分でやる。よほどのことがない限り登美さんの家には行かないですね」
長年別居していると聞くと、夫婦仲が悪いのかと疑う人もいるかもしれない。しかし、大吉さんいわく、2人が別居しているのは「仲が良いからこそ」なのだそうだ。
「私たちの暮らし方を見て、『なんで離婚をしないのか』と聞かれることもあります。でも、お互いに嫌いではないし、今の2人の関係に不満もないのに離婚する方がおかしいと思っていて。そもそも別居自体、不満があったからスタートしたわけではないんです」
2人が別居を始めたのは、今から約20年前。現在、登美さんがオーナーを務める宿泊施設「他郷阿部家」の立ち上げがきっかけだった。
「もともと登美さんの仕事は、群言堂の服やテキスタイルのデザインが中心でした。でも、本音では『暮らしをデザインしたい』とずっと考えていたようで。阿部家を購入した時に、登美さんから『この家で理想の暮らしをデザインしてみたい』と提案を受けました。
しかし、阿部家は200年以上も前に建てられた武家屋敷。文化財であり歴史的価値は高いものの、買い取ったばかりの時はまるで幽霊屋敷のような廃虚でした。そこに魂を吹き込んで人が暮らせるようにしていくのは、片手間でできることではありません。だから登美さんに、『あなたがここに住む覚悟でやらないと、理想は実現できないのでは』と話したんです。そうしたら、目をキラキラ輝かせて『じゃあ私ここに住みます!』と言って。そこから別居がスタートしました」
その当時、大吉さんと登美さんの間にはすでに独立した3人の子どもがいた。2人の別居に反対する人はおらず、むしろポジティブに受け入れてくれたと大吉さんは話す。
「私たち夫婦は出会った時からライバルのような関係で、いつも議論ばかりしていました。昭和の一般的な夫婦像とはかけ離れていて、周りからはいつも“変人”扱いされていましたね(笑)。生まれた時からそんな私たちを見ていたからか、子どもたちに別居の話をしても『2人らしくて面白いじゃん』という反応でした」
別居後、子どもたちからは「さらに仲良くなった」「2人とも生き生きしている」と言われるのだとか。一般的に、子どもからすると不安に思うであろう「両親の別居」。それをポジティブなものに変換してしまう2人の関係は、どのようにスタートしたのだろうか。
別居は“自分だけの生き方”を実現する手段
約50年前、1人暮らししていたアパートの部屋が隣同士だったことが、出会いのきっかけだったと大吉さんは振り返る。
「私も登美さんも商売人の家庭の育ち。私はいずれ実家を継ぐつもりだったし、登美さんも商売をしたいと考えていたから、出会った時から共通の目的を持っていました。当時私はまだ学生で、登美さんはすでに働きに出ていて。だから余計に彼女には負けたくなかったのかな、出会ったばかりの頃からライバル心むき出しで議論していましたね。
その関係は結婚してからも変わらず。私の実家のある島根県の大森町に戻ってからは、ある時は2人でオリジナルのパッチワーク小物の販売を始めたり、後にアパレルブランドを立ち上げたり。さらに借金してまで古民家の再生にのめり込んだこともあります。30、40年前の田舎でそんなことをしている人はいなかったので、夫婦そろって奇人・変人扱いされていました」
出会った時からビジネスという共通軸でつながった2人。恋人や夫婦というよりも、ビジネスパートナーという意識が強かったそうだ。それでも、別居前から仲は良かったと大吉さんは話す。
「私と登美さんの間には、ビジネスや子育てといった共通の目標がありました。自分たちでビジネスをしているとリスクも常につきまとってくるので、子どもたちに迷惑をかけまいと必死でしたね。それに何十年も一緒に向き合って乗り越えてきたから、絆は強いと思います。
それでも、一緒に生活をしていると相手の気になる部分はどんどん出てきます。お互いに“触れてほしくない部分”に触れないようにするのが、年々上手になっていきましたね。いくらパートナーとはいえ、どちらかの価値観に染めるなんてできないですから」
もともとパートナーとしてお互いを尊重し、“程よい距離”をとっていた2人。2人なら、同じ屋根の下に住みながらでも良い関係を続けられたのではないか。
「別々の家で暮らし始めたからこそ、本当の意味で自立して“自分だけの生き方”を考えられるようになりました。
子どもたちが大人になると家を出て次のステージに進むように、親である私たちも子どもが独立したら次のステージに進むのだと思います。そこからは家族のためではなく、残りの自分の人生をいかに充足感を持って過ごせるかが課題になってくる。その実現のためには自分で考え、自分で行動することが大切です。
『同じ家に住んでいても自立できる』と考える人もいるかもしれません。でも、私たち夫婦には難しいと思ったんですよね。一緒にいるとどうしても頼ったり、遠慮したりしてしまう。だからお互いに自分で考え、自分で行動せざるを得ない“別居”という選択をしました。
子どもたちが独立した後の、私と登美さんの目指す理想の人生は異なっているとは感じていましたし。別々の家に住んでいて物理的な距離があるからこそ、心からお互いの道を応援できるようになりましたね」
離れている間の“自由時間”が、いつまでも刺激し合える関係をつくり出す
自分だけの人生を歩くために必要だった、大吉さんと登美さんのポジティブな別居。それでも、別居当初は寂しかったり、困ったりしたこともあったのではないか。
「寂しい気持ちはまったくなかったですね。私も登美さんも自分のやりたいことで頭がいっぱいで、ワクワクしていたからかな。家事も困ることはほとんどありませんでした。特に料理は実験のようですごく楽しいですね。家族で暮らしている時は、みそ汁の具一つとっても、私の好みだけを反映してもらうわけにはいかなくて……。でも、1人だったら毎日自分の好きなものだけで作れますからね(笑)。そういうちょっとしたことが楽しい。
あ、ただ洗濯だけはいつまでたっても苦手で……。うちの隣に三女家族が住んでいるので、洗濯だけ手伝ってもらっています。あとは夜中に足がつった時に助けてくれる人がいないから困るかな(笑)。それくらいですね」
また、別居をしたことで芽生えた感情もあるという。
「会わない時間に、相手のことを考えるようになりました。今は何をしているんだろう、元気に過ごしているだろうかって。同じ家で暮らしていた時はまったく考えなかったことです。
普段別々に暮らしていて久しぶりに会うと、見違えるような変化が見られる時があるんですね。自由な時間が増えると、2人でいる時には得られないような経験をしたり、新しい価値観に触れたりする機会が増えます。会わない間に登美さんがすごい挑戦をしていると、『私も負けてられない』とその姿に背中を押されますね」
1人暮らしは自由だ。誰にも気を使うことなく、すべて自分の意思で行動できる。昼過ぎに起きようが、一日中布団の上でダラダラ過ごそうが、とがめる人はいない。しかし、自由な分“成長する責任”も負うと大吉さんは話す。
「別居してもお互いに何の変化もないのなら、する意味がないと思っています。自由な時間に成長することで、相手をより尊敬できるようになったり、感謝の気持ちが生まれたりする。成長といっても別に大きなことではなくていいんです。人と会って話をするだけでも、新しい発見はあるから。それも成長ですよね。
久しぶりに会って『こんなことがあってね』とお互いの見たもの、感じたものを共有することで、さらに成長が加速します。自由時間が、いつまでも刺激し合える関係をつくり出す。私たちの“別居”は、そういうものでありたいです」
家族とは身近な存在であるがゆえに、厳しくもあり、優しくもある
「変人」とささやかれながらも、2人らしい夫婦のあり方を突き進んできた大吉さんと登美さん。その暮らしを“なかよし別居”と登美さんは称し、新しい家族の形として注目を集めるようになった。しかし、「結婚したら子どもを持つのが当たり前」「家族は同じ屋根の下で暮らすのが当たり前」など、固定観念に縛られ思うように動けない人たちも多いだろう。
「周りと違うことや新しいことをすると、『奇をてらっている』と言う人はどこにでもいます。気にしてもキリがありません。だからこそ、理想を形にしたいなら『これが私たちの幸せだから』と笑顔で2人らしいスタイルを貫き続けるしかない。
小さい社会の中で新しいことを始めるのは勇気がいります。しかし、小さい社会だから認められるのも早いと思うのです。最初は奇人扱いされるかもしれません。でも、次第に変人扱いになって、いつの間にか凡人となって社会に溶け込んでいるんですよね。私たち2人のように」
最後に、大吉さんにとって“家族”とは何なのかを伺った。
「家族とは身近な存在であるがゆえに、厳しくもあり、優しくもあるものだと思います。重箱の隅をつつかれて嫌な思いをすることもあるし、無償の優しさを感じる瞬間もある。その両面を持っているのが家族という存在なのではないかな。ただ、距離が近すぎると厳しさばかりを感じてつらくなってしまうかもしれない。厳しさと優しさをバランス良く保つのに必要なのが、“自由”なのだと思います」
大吉さんにお話を伺って、彼が登美さんを尊敬し、信頼していることがひしひしと感じられた。“なかよし別居”は、ただお互いが自由になるために離れて暮らすことではない。それぞれが違う道で成長することで、1人ではたどり着けない場所にパートナーと一緒に行くための手段なのではないか――。そう感じさせられた。
取材・執筆:仲 奈々
撮影:渡邉英守
1953年、島根県大田市大森町生まれ。1988年に妻・登美と共に、日本全国で展開するライフスタイルブランド・石見銀山 群言堂の原点となる有限会社松田屋を設立。2019年より株式会社石見銀山 群言堂グループの代表取締役会長を務める。また、古民家の再生にも力を入れており、その一つである「阿部家」の購入をきっかけに妻の登美と「なかよし別居」を始め、その生活は“新しい家族の形”として多方面から注目を浴びている。
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