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周りの暮らしの変化に自分も合わせなきゃ、なんてない。

羽田 圭介

2015年、小説『スクラップ・アンド・ビルド』で芥川賞を受賞し、一躍有名となった羽田圭介さん。テレビ出演や講演会など小説の執筆以外にも活躍の場を広げている。コロナ禍を経験しても「人や世の中はそう簡単に変わらない」と話す羽田さんの真意とは。

コロナ禍での暮らしが始まって約半年。テレワーク、時差通勤、スーパーマーケットや飲食店でのソーシャルディスタンスなど、社会の習慣やルールは多少なりとも変化している。等身大の感覚で作品を生み出す羽田さんの目に、今、そしてこれからの世の中はどう映っているのか話を伺った。

通勤時間は生活にメリハリをつけるには
結構いいものかもしれないと思う

世間ではコロナによる暮らしの変化が声高に叫ばれるな中、「変わったかと言われれば、意外と変わっていないんじゃないかって感じはしますよね」と淡々と話す羽田さん。自宅で執筆活動を行う羽田さんにとって、STAY HOMEはどのような時間だったのだろう。

「懐かしい生活に戻った感じでしたね。芥川賞を取る前は、朝8時前のゴミ出しに間に合うように起床して、午前中に執筆して、午後は適当にだれたり読書したり。で、夕食後の夜8時から夜中の12時くらいまで再び執筆……というような毎日でした。芥川賞を取ってからはテレビ出演や講演会など外での仕事が増えたので、空いた時間に執筆するしかなくなって。そんな中、コロナの影響で外での仕事が減って在宅の時間が長くなって、賞を取る前とほぼ同じ生活サイクルになりました。ただ、外での仕事の楽しさを知ってしまっただけに、STAY HOMEが始まった頃は気がふさぐこともありましたね。打ち合わせなど、たまに外へ出かける仕事が入るとうれしくて(笑)。街の空気を味わうためにバイクを利用したりしてましたよ」

小説家としてデビューしたのは高校3年生の頃。その後大学へ進学し、1年半の会社員生活を経て専業小説家となる。当時一番苦労したのが生活にメリハリをつけること。これは、STAY HOMEやテレワークで多くの人が経験していることではないだろうか。

「会社を辞めてからは、通勤電車に乗る必要もなく、外に出なくてもいい生活になって、最初はすごくヘンな感じがしました。時間の自由は得たけれど、なんか一日がのっぺりするわけですね。独身の一人暮らしだとなおさらで、外的な要因で時間を区切られることがないから自分で気持ちを切り替えなくちゃいけない。当時は20代前半の売れない小説家でしたから、仕事も今ほど忙しくなく、遊び歩くお金もなくて、気分転換といえば自宅で映画を観たり筋トレしたりするくらい。で、よし、仕事しよう!と思っても、取材のためと称して読書しまくったり(笑)。そういう生活に徐々に慣れてきたところで芥川賞を取って急に忙しくなり、ようやく生活にメリハリがついた感じです」

そんな自身の経験も踏まえ、「通勤時間はメリハリをつける意味で結構いいものなのかもしれない」と話す。

「テレワークが普及して、通勤時間は無駄だったと感じる人がいる一方、強制的な気分の切り替えとしては、精神衛生上、良かったと感じる人もいたと思います。少なくとも、専業小説家になったばかりの私は後者でしたね」

マイペースに生きていても周りの影響を受けている

以前の生活に戻ったと話す羽田さんだが、コロナ前とは明らかに変化したこともあるという。その一つが食生活だ。

「僕は3食ほぼ自炊なんですが、気がついたら普段作らないパスタとかめちゃくちゃ作ってました。スーパーに行くと、普段自炊しない人でも簡単に料理できる食材をすごい買っているのか、パスタや小麦粉が売り切れになっていたんですよ。で、みんなパスタとかパンケーキとか食べてるんだと思ったら、僕も作りたいなと思って(笑)。僕みたいにこれだけマイペースで生きてる人間でも、たかがスーパーへ行ったくらいで周りの空気の影響を受けるんだなっていう発見がありましたね」

さらに、ひときわカラフルなラグを購入した、とも。

「インテリアは基本的に無彩色なものばかり選んでいたんですよ。白、黒、グレー、ベージュ、あとは素材なら金属系とか。リビングに少し色みが欲しいなとは以前から思っていたんですが、なぜかこのタイミングでパッチワークの超カラフルなラグを購入しまして。もしかすると、みんなが“おうち時間”を心地良くしようみたいな消費活動をしている空気に影響されたのかもしれないですね。このラグ、めちゃくちゃ気に入ってますよ。それまでリビングやソファはあまり使っていなかったんですが、足元にラグを敷いたおかげで気分も上がり、ソファに座って読書する時間が増えました」

羽田さんの自宅にテレビはなく、ネットサーフィンの習慣もない。では、世の中に漂うそうした空気をどのように察知したのだろうか。

「感染経路は不明です(笑)。ウイルスだって防護していても感染しちゃうわけだし、世間的な空気もわからないところで感じるものなんじゃないでしょうか。つまり、いかに人は無意識なところで動かされてるかっていうことですよね。僕自身、周囲の影響を受けにくいタイプだと思っていたけど、じつはささいなことから影響を受けている。STAY HOMEを経験して、動じない自分、影響を受けない確固たる自分も、意外とそうではなかったことに気がつきました」

人と会うことの価値は不変だと思う

一方で、コロナによって世の中はそう簡単に変わるものではないと羽田さんは言う。

「STAY HOME期間中、アルベール・カミュの小説『ペスト』を読んだんですけど、当時そこで行われている人々の動きとか、例えば疫病のまん延をちょっとなめてたり、あるいは悲観しすぎたり疲れたりとかって、すでに書かれているんですよ。つまり、過去と同じことが今起こってるということは、人ってそんなに変わらないんじゃないかなっていう気がするんですよね」

その例として、外出自粛を機にオンラインによるコミュニケーションが一気に普及したが、逆に、人と会って話をすることの価値を改めて感じたという。

「編集担当の人との打ち合わせで、『それってこういうことですよね?』と聞かれて、『あっ、そうですね!』と納得して返事をするときもあれば、『あ、そう……ですねぇ』とあまり納得してない感じで返事するときもあるわけで、そういう非言語的な要素は、やっぱり生で会って話したほうがわかりやすいなと。何気ない雑談から新しい発見や突破口が生まれたりもしますが、オンラインだとその機会も削られてしまうような気がします」

さらに、自粛モードが終わりかけた頃に初めて参加したというオンライン飲み会でも、同様のことを実感したとのこと。

「周囲の人たちから、オンライン飲み会は疲れると聞いていましたが、たしかに難しいなと思いました。リアルな飲み会なら、メインで盛り上がってる端でヒソヒソどうでもいい話ができますよね。でも、オンラインではそうもいかなくて、興味のない話でも画面の前でじっと聞いてるしかないんです。なんというか、逃げ場がない感じなんですよね。いくらオンラインが発達しても実際に会わないとダメだなってつくづく思いました」

お金を稼ぐことと人生の前進はイコールじゃない

前述の通り、芥川賞を受賞してから執筆以外の仕事も増えたという羽田さん。外での仕事に楽しさを感じる一方で、やはり軸足は“小説を書くこと”にあり、それが生きる活力になっているという。

「執筆が進まない限りは、人生が前進している感じはしないですね。例えば、テレビ出演とか講演会とか広告とかって、わりと短時間で効率良くお金が入ってきたりもしますけど、僕にとってお金を稼ぐことと人生が前に進むことはイコールじゃないんです。テレビのロケで海外に行けるのは楽しいですが、やっぱり、抱えている小説の執筆がちょっとでも進むほうが寝るときの満足度としては高いんですよね」

とはいえ、すべての人が羽田さんのように人生を通じて打ち込めるものに巡り合えるわけではない。STAY HOME期間中、自分は何をしたいのかを模索しつつ、焦燥感に駆られながら時間を持て余した人もいたのではないか。

自分はしょせん、会社人間なんだと気づく人がいても、それはそれでいいと思うんです。みんながみんな、向上心を持つべきだなんてことは全然ないわけで、やりたいことが見つからない人は、やりたいことを見つけなきゃという強迫観念に襲われているだけかもしれないですし。仕事しなくても楽しく過ごせるメンタルが得られるなら、それはそれで幸せだろうなって。STAY HOMEによって、自分は何をしたいかとか、逆に何もしたいことがなかったとか、それぞれが自分を見つめてそういうことに気づけたという点では良い機会だったんじゃないですかね
Profile 羽田 圭介

小説家。1985年生まれ。2003年『黒冷水』で第40回文藝賞受賞。2015年『スクラップ・アンド・ビルド』で第153回芥川賞受賞。著書に『ポルシェ太郎』『成功者K』『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』等。

STORIES 2020/08/07 周りの暮らしの変化に自分も合わせなきゃ、なんてない。