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STORIES 2018/11/15

周囲が期待する自分を演じなきゃいけない、なんてない。

2010年、朝のニュース番組にハーフの美女が登場した。リポーターとしてデビューしたばかりのラブリさんである。レギュラーではないものの、愛嬌ある笑顔と明るさは多くの人々を惹きつけ、少しずつ芸能界、特にバラエティ部門で欠かせない存在となっていく。その一方で、世間に求められている自分と、本当のキャラクターの乖離(かいり)に苦しむようになった彼女。自分自身を取り戻すために始めたのが、言葉を綴ることだった。今夏出版した著書のタイトルは『私が私のことを明日少しだけ、好きになれる101のこと』。優しいメッセージの詰まった本を片手にした彼女は、とてもリラックスして見えた。

2010年前後、テレビ業界では大勢のハーフタレントが台頭し、ちょっとしたブームになっていた。ラブリさんもその一人。美しいルックスとスタイル、それにキュートなキャラクターで人気を博した。バラエティ番組での気取らない対応、素直なリアクションは女性からも支持され、彼女がディスプレイに映らない日はないほどであった。
タレントとは、パーソナリティによって人々を魅了する職業。十人十色が当然であり、彼女=ラブリさんにしかない魅力が求められているはず。ラブリさんは少しずつ自分らしい表現方法を追求するように……。
現在の彼女は枠に収まらない、さまざまな活動で輝いている。いったいどのようにして、望むスタイルにシフトしたのか。 デビュー以降の心境の変化や成長について、じっくりと伺った。

自分でプランニングして
本当にしたいことに挑戦

ラブリさんは1989 年に、愛媛県松山市で生まれた。
「幼稚園の頃はお花屋さんになりたいと思っていました。少し大きくなってからは動物園で働きたいっ!て。その流れで希少動物のオランウータンに興味を持ち、保護活動や研究がしたいと願うように。まぁ、漠然となんですけどね」

しかし、成長するにつれ、自分の住む街ではイメージしていることのすべてがかなわない、との考えが強まった。

「きっと、私はここに居続けないだろうなって思い始め、同時に自分にしかできないことってなんだろう?とも考えるようになりました。それが、たまたま芸能界という世界だったのかもしれません」

初めてのオーディションは、人気情報番組のリポーター。見事に勝ち取り、21歳で芸能界デビューを果たした。

「とは言っても、放送されるのは時間にして3分くらい。毎日どころか毎週出るわけでもなく、月に1回程度の仕事量でした」

そのため収入は心もとなく、アルバイトを2軒掛け持ち。洋食店と日本料理店を行き来しつつ、時々撮影に行く生活であった。

周囲と自分のギャップに苦しむ

2012年にお天気お姉さんの仕事が決まると、一気にブレイク。東京ガールズコレクションや有名女性ファッション誌のモデルを務めるようになり、テレビでの露出も大幅に増えた。なかでもバラエティ番組に引っ張りだこ。ゴールデンタイムで彼女を見ない日はないほどに。

「忙しくなった23歳頃からは、自分の思う自分と周りが思うラブリの温度差に苦しみました。どんなに色々と考えて真面目に行動、発言しても、見てもらえるのはテレビの中の切り取った部分だけ。明るく楽しいだけの女の子と評価されてしまうんです」

テレビで見る自分は、単に面白がられる対象でしかなかった。文章を書いたり、作品を作ったりしても、何をしてもタレントのラブリがやっているという色眼鏡で見られてしまう。

「でも、それはテレビに出ている限り変えられないんですよね。だったら、自分のことは自分で発信しようと思い、7〜8年計画くらいでプランニングし、活動スタイルを少し変化させたんです」

肩書にもこだわらない

現在は言葉や絵、写真に音楽など、さまざまなクリエイションに関わるラブリさん。そのため、しっくりくる肩書に出会えていないそう。

「仕事に応じて見せる面を変えている感覚なんです。ファッション系ならモデル、表現活動で言葉を使っているときは詩人っていう感じで。困るのは肩書の欄を文字で記入しないといけないとき。1~2年前あたりは肩書に対して“私はこうだからこう!”と、こだわっていたんですよ。でも、今は柔軟に。単純にモデルやタレントと言ったほうがスムーズな場面も多いですし、ここ数年で伝え方を学んだ感はありますね」

ファンとの関係性は友達や家族に近い

彼女の主な活動の一つに、編集長を務めるWEBマガジン『KILIG』(キリグ)がある。

「キリグとは母が生まれたフィリピンの言葉で、体の中からドキドキやワクワクがあふれ出す感覚を意味しています」

テレビを中心に活躍していた頃から構想していた、ファンとつながれる場所だという。

「タレントとしての露出を控えても、ファンとの関係性は大切にしたいと思い立ち上げました。みんなと私に境界線なんてなくて、しっかりつながっているんだよと。あとは、デジタルの中にも必ず人と人との温度、温かみがあるという事実を、世間に発信したくて。アナログな関係性の大事さを、デジタルだからこそ逆に伝えられると思っているんです」

このメディアを通し、他では見られない素のラブリを発信しているわけだ。イベントや旅行を開催し、実際に閲覧者と交流。芸能人とファンというより、友達や家族のような、永続性のある関係に近いとか。結果、有料にもかかわらずユーザーは増え続け、10月にはメンバーとのフィリピンツアーも成功させた。

ラブリの第1章を終え新しいチャプターに

そして、今まで書きためてきた言葉を綴った、『私が私のことを明日少しだけ、好きになれる101のこと』の発表。

「タレント・ラブリの第1章を締めくくる本になります。芸能生活に悩み、モヤモヤしていた頃から書いていた言葉より、“自分を好きになれる”をテーマに抜粋。出版社に企画を持ち込んでから、1カ月半くらいで形にしました。本当に猛スピードでしたよ」

20代前半から、彼女は自分自身を確認するために言葉を綴り始める。

「元々は自分のために書いていた言葉ばかり。でも、101個もあるとまとめるのが大変で。ちゃんと伝えるために、言葉の使い方を101個学んだ感じです」

いつ開いても、こうすればいいんじゃない?と提案してくれるような作品を目指したそう。

「お気に入りはなかなか一つに決められないけれど、“心が心地の良い選択をしてあげることが、いわゆる正しいということになるのではないかと思う”というセンテンスはいろいろな人に響くと思います。判断がつけられないとき、外ではなく内側の心地良さに従って……ということ。芸能界で何が正しいのかわからなくなったときは、心地が良いのか否かを自分に問うて乗り切りました。恋愛に関しても同じ。いくら悩んでも、結局は心地の良しあしでしかないんですよね」

本名での活動によって本当にしたいことを発信

11月初旬には本名の白濱愛(以後、白濱イズミ)名義で、初めての個展『言葉の記憶』を開催。作家・クリエイターとしての世界観を広げた。最近では、表現の一つとして音楽活動にもチャレンジしているそうだ。

「今後は本名のアクションを増やし、リアルな私を発信できればと思います」

周囲が思っている私は、本当の私ではない。そんなときは、自分をちゃんと見てあげてノートに書き出しましょう。今の自分となりたい自分、プラス今できることをなるべく細かく。頭の中で考えているだけだと、曖昧になってしまいます。でも、整理しつつ文字化すると、己を見失って疲れることはありません。現実的に考えられて、目標への距離や方向も把握しやすくなります。実は私もまだやっているんです。自身について考えて書き、信じる。どんな自分でも否定し過ぎないのが肝心ですよ
Profile ラブリ

1989年生まれ、愛媛県出身。2010年、フジテレビ系列『めざましテレビ』のリポーターで芸能界デビュー。その後、日本テレビ系列『PON!』のお天気お姉さん、女性ファッション誌『JJ』専属モデルなどを務める。最近は詩人、写真家、アーティストといった、本名の白濱イズミ名義での活動を増やしている。著書『私が私のことを明日少しだけ、好きになれる101のこと』(ミライカナイ発刊)が発売中。

オフィシャルブログ https://ameblo.jp/lovelizm/
ホームページ http://lovelizm.com
KILIG https://girlsbookstand.jp/magazine/top/loveli

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しなきゃ、なんてない。既成概念にとらわれず、自分らしく生きる人々のストーリー。

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