LIFULL × 3人の人気小説家・芸人によるソーシャルイシューストーリー

超高齢社会親族会議垣谷 美雨

もう限界だよ。母さんを施設に預けたいんだ。

そんな電話が、実家の弟からかかってきたのは先週のことだった。弟夫婦は、脳梗塞で倒れた母の介護をしている。

バカなこと言わないでよ。母さんが可哀想じゃないの。

咄嗟に私はそう言った。だって弟夫婦は二人揃って定年退職したのだから、時間的にも余裕があるはずだ。

今日実家に集まったのは、親族会議を開いた方がいいと夫が言ったからだ。母はショートステイに預けたらしい。息子の直之までが会社を抜け出して駆けつけたのは、初孫として母に可愛がられた思い出があるからだろう。

「私一人では体力的にも精神的にも厳しいんです」と、義妹の春子が言った。

「えっ、一人って? 健吾は手伝ってないの?」と、私は弟に尋ねた。

「男の俺が母さんの下の世話なんてできるわけないだろ」

「お義姉さん、今の聞きました? 『男』を振りかざせば何でも免除されると思ってるんですよ」

「だって男と女は違うだろ」

「都合のいい言葉よね。あなたのこと心底嫌いになりそうよ」

夫婦喧嘩が始まったので、私は口を差し挟んだ。

「でも、春子さんが定年まで仕事を続けられたのは、子育てや家事を母さんに手伝ってもらったからでしょう? それなのに、いざ介護が必要となったら母さんを捨てるの?」

発見が遅かったから母は寝たきりになったのだ。共働きだから二人とも家にいなかったと説明されても納得できなかった。それに、母が認知症になったのは寂しい思いをさせたからに決まっている。

「そんなに言うのなら、姉ちゃんが面倒見てよ」と、弟が言った。

「私は無理よ。やっと舅の介護から解放されて、これからは旅行や趣味を生き甲斐にしようと思っていた矢先なのよ」

「俺たちだって定年後の人生を楽しめると思っていた矢先だよ」

「健吾たちは今後もここに住み続けて、家や土地を相続するつもりなんでしょう? ズルイわよ」

「建て替えたときのローンは俺たちが払ってきたんだよ。それに、実は俺……この前、母さんに暴力を振るいそうになったんだ」

そう告白した弟は、今まで見たこともないほど暗い顔をしていた。

そのとき、フフッという笑い声が隣から聞こえてきた。

「直之、何がおかしいのよ」

「だって、まるで犠牲ゲームみたい。誰が犠牲になるかを争うゲームだよ。おばあちゃんは介護について何かメモしてたと思うよ」

そう言うと、直之は勝手に母の部屋に入り、表紙に『戒老録』と書かれたノートを持ってきた。

私の介護が原因で、姉弟や夫婦の仲が悪くなってはならない。私の介護はプロに任せてほしい。私が入りたい施設の第一条件は、介護スタッフの人柄が良いこと。第二に料金に無理がないこと。第三に個室。第四は、自然に囲まれた田舎の施設ではなくて、賑やかな町の中にあること。

母がここまで見通して私たちのことを心配してくれていたとは知らなかった。

「母さんの希望通りの施設なんてあるのかしら」と、私は言った。

「どんな施設なら我々が罪悪感を持たずにお義母さんを託せるのかを考えて、片っ端から見学に行ってみたらどうかな」と、夫が言った。

「罪悪感を持つのは愛すればこそだよ」と、生意気にも直之が続ける。「ベストじゃなくてもベターを選べればいいんじゃないかな」

「駅の近くがいいわ。頻繁に会いに行けるもの」と私は言った。

「俺は家から近い所がいいな」と、弟は明るい声を出した。

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25周年特別インタビュー

①今回ご執筆いただいた中で特にこだわられた部分、特に注目して読んでほしい部分を教えて頂けますか?
親の介護をきっかけに、それまで仲の良かった兄弟姉妹の関係がこじれたり、果ては相続問題まで絡んで疑心暗鬼になったりします。そのうえ夫婦仲にもヒビが入りそうになり、それまでの人生がガラリと暗転してしまう危うい瞬間に注目してほしいと思います。そして、いつかは自分も介護される側になることを見据え、元気なうちから近親者に意向を伝えておく大切さも感じていただければ幸いです。
②本作品のテーマの「超高齢社会(介護問題)」において、ご自身として何か思われることはありますか?
日本は世界に先駆けて少子高齢化が加速度をつけて進んでいます。今後さらに大きな社会問題となることは確実です。各家庭で解決するのは既に限界となりつつあり、誰か一人の人生を犠牲にするケースが多いのが現状ではないでしょうか。社会全体で支えていく枠組みはもちろんのこと、他人同士でも互いに支え合うといった風潮も重要だと考えています。さらに日本は、世界に手本を示す役割を負っているとも考えます。
③本作品のテーマとなった「超高齢社会(介護問題)」をご自身、もしくは身近な方が経験されたことはありましたか?
私自身は、幸い親がまだ元気ですので介護を経験したことはありません。ですが、既に親世代は八十代から九十代なので、イトコや友人たちの中には経験者がたくさんいます。家で介護するケースや、様々な形態の施設にお世話になるケースがあり、いろいろな話を聞く機会が増えてきました。私も田舎の母を介護するのは、そう遠くない未来だと覚悟している今日この頃です。
④読者の方々にメッセージをお願いいたします。
よく言われることですが、老親の介護は一人で抱え込まず、様々な機関に相談し、周りの人々に手助けを求めていくべきだと思っております。くれぐれも経済的に息詰まることのない方法で、そして親族の誰か一人が犠牲になるようなことのない、親族間で恨みを持たずに済む賢明な方法を見出されることを願ってやみません。そして、まだ若いうちから自身が寝たきりになったときにどうしてほしいかを、近親者や友人知人などに伝えておくことも大切だと思います。
Profile

垣谷 美雨

1959年生まれ、明治大学文学部卒。2005年、「竜巻ガール」で小説推理新人賞を受賞し、小説家デビュー。映画化された『老後の資金がありません』のほか、『ニュータウンは黄昏れて』『女たちの避難所』『夫の墓には入りません』『定年オヤジ改造計画』など著書多数。

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